第6話 あの日私は出会った
相手ボールから試合が再開される。
私は相変わらず相手チームに付きまとわれていて、思うように動けない。
(くそ、やはり私ひとりで5人を相手にするのは無理だったのか)
あまりにも苦しい状況につい弱気になるが、無理やりにでも気持ちを落ち着かせる。
あのブローチは、花凛ちゃんがずっと大事にしていたものだ。
「仕事が忙しいお母さんが、寝る間を惜しんで作ってくれた宝物だ」と彼女はいつも誇らしげに話していた。それを壊したうえに、謝りもしないあいつらを、私は見過ごすことなど出来ない。
それに、花凛ちゃんに向かって「女なのにサッカーするな」なんて言っていたのも、私をイラつかせた。
運動が苦手な彼女が、嫌な顔一つせず、私のわがままに付き合ってくれている。最近では、一緒にスポーツショップにもついてきてくれた。新しいシューズを選ぶときも、真剣にアドバイスしてくれた彼女の姿を思い出すと、胸が温かくなる。
だから何も知らないくせに、花凛ちゃんを否定するような言葉を平然と吐くあいつらが許せなかった。「もう大丈夫」と言っていたが、花凛ちゃんだって本当は悔しいはずだ。
クソ!私なんて、サッカーしか取り柄がないのに!ここで勝たなきゃ、意味がない!
やっとできた、大事な女の友達だっていうのに…。
バサッ!
また点を取られる。
これでスコアは4-9。
あと1点ゴールを決められたら、その時点で試合終了。負けが確定する。
【負け】
その言葉が脳裏をよぎった瞬間、罪悪感で心臓が締め付けられる。まだ負けたと決まったわけでもないのに悔しさで涙がこぼれそうになる。
先ほどみんなに「諦めるな」と鼓舞したばかりだというのに情けない話だ。こんなんじゃ、私の夢の実現など夢のまた夢じゃないか。
あいつが先ほど提案した作戦も成功するとは思えない。こんな自分勝手で可愛げもない私に協力的なのは嬉しいが、もう少しで終わる試合だ、無理な作戦を実行してこれ以上みんなに負担をかけたくない。
それにしても、あいつには申し訳ないことをした。ボールを当ててしまった上に、無理やり試合に参加させた。我ながら、かなり強引なことをしたと思う。
(はは、この試合が終わったら暴言の一つや二つ言われる覚悟をしなくてはな)
そう思っていると、ゴールキックの体勢に入った永司と目が合った。
その瞬間、私は驚いた。
あの目――彼はこの絶望的な状況でも、まったく諦めていなかった。むしろその目は、燃え上がるような情熱に満ちていた。
「ライ!この試合!絶対に勝つぞ!」
永司が力強く叫ぶと、まるでこれからいたずらをする子供のようにニンマリと笑った。
次の瞬間、彼はボールを私に向かって蹴り出し、私がいる右側とは反対方向へと全力で走り始めた。
永司が蹴ったボールは先ほどの勢いのある声とは裏腹に、地面をのろのろと転がっている。だが、そのゆっくりとしたスピードのおかげで、私は目の前を塞いでいた敵をかき分け、大きく自陣に戻ることにより難なくボールを受け取ることができた。
ただし、その代償として自陣のゴール近くでボールを受け取ってしまった。これでは、もし相手が私からボールを奪った場合、キーパーであるあいつが完全に消えているためそのまま点を取られて負けが決まってしまう。
一つでもミスをすれば即敗北。まさに背水の陣。
私はなおも全速力で走るあいつの位置を横目で確認しながら、先ほど説明されたけど無理だと切り捨てた作戦を必死に思い出す。
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「この作戦の要はライ、おまえだ。」
試合が中断している間、永司は「いい考えがある」と言って私と駿介を呼び、名指しで私を指名して真剣な表情で見つめてきた。
「説明するぞ。まず、俺がボールを持ったらライにパスする。ライは受け取ったボールをなんとかキープして、相手の隙をついて前に蹴ってくれ。俺が走って、なんとしてでもそのボールを受け取るから」
「わかった。それで?お前が前で受け取るってことはキーパー交代すんだろ?誰と交代する?」
「いや、キーパーなのはそのままだ。その方が後の作戦が成功しやすいからな」
「え?せやけどキーパーである永司が前に走ったりしたら、ボール取られた瞬間やばない?」
「やばいというか、ほぼ負けだね。」
「馬鹿かお前!そんな無茶苦茶な作戦がうまくいくわけないだろ!却下だ、却下!それに、さっき俺がボールを持った時だって、3人目を突破できずにボールを取られたんだ。マークされてる以上、またボールを取られて失点するのが落ちだ!」
「おいおい、お前は天才エースストライカーなんだろ?僕はライなら絶対に出来ると信じてる。だからこの作戦を選んだ、もっと自分に自信を持てよ。後、駿介には1つやってほしい動きがあって...
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あいつは一度も後ろを振り向かず、今もなお走り続けている。
信じているんだ、この作戦が成功するって。
私から絶対にボールが届くって。
ボールを蹴る前のあいつの顔を思い浮かべる。その表情に込められた覚悟が、私の背中を押してくれる。
そうだ、今の私は一人じゃない。そう思った瞬間、今までの疲れが一気に吹っ飛ぶ。
やっぱり…諦めたくない!負けたくない!
「わたしは…いや、俺は天才エースストライカーだ!この程度の障害なんて、楽々超えてやる!」
気合いを入れ直し、前方から向かってくる相手の動きを確認する。
まずはボールを左側に軽く蹴り、左から突破するように見せかける。
相手が反応して足を伸ばした瞬間、すぐにボールを後ろに転がし、体を回転させながら相手をいなし、右側から突破する。
まずは1人!
もっとだ!私はもっと上手くなる!
1人目を突破して安心する暇もなく、今度は二人がかりで私の前に立ちはだかる。
さっきまでなら、この2人を突破するのに苦戦していた。苦戦している間に、先ほど抜いた相手が戻ってきてボールを奪われるのがこれまでの流れだった。
だが、今は違う。
難しいことは考えるな。
このボールをあいつに届ける、それだけでいい。
突破しなくてもいい。そうはいっても、2人を同時に相手するのはやはり簡単ではない。今も妨害されて、パスすらできない状況だ。
先ほどと同じように左右から突破するふりをするが、1人目の対応を見ていたからか、相手が警戒していて上手くいかない。
「こっちにパスするんや!」
拮抗状態の中、駿介が大きく手を振りながら私の右側を走る。
「させるか!」
だが、それを見た1人が駿介にパスされるのを防ぐため、駿介の方に移動する。
その瞬間、相手2人の間にボール1個分のわずかな隙間ができた。
ここしかない!
体を捻り、その隙間にボールを全力で蹴る。
相手と相手の間を縫ったパスは、砂ぼこりを上げながら凄まじいスピードで地面を転がる。
しまった、早く蹴りすぎた。
この瞬間しかチャンスはないと感じ、永司が間に合うかどうか怪しいタイミングでのパスになってしまった。
だが、永司は捨て身のスライディングでなんとかボールに追いつく。
よかった、間に合った…
しかし、あいつの足は所々赤く、血がにじんでいるのが痛々しい。その光景にまたしても罪悪感が込み上げ、目をそらそうとするが…
「ナイスパス!」
あいつは何事もなかったかのように、私に笑いかける。
永司は私より背が低く、服装次第では女の子に間違えられてもおかしくはないような見た目をしている。だけど、私は泥まみれになりながらも懸命に足掻くあいつの姿を見て
「かっこいい…」
気づけばその言葉が口から漏れた。
「ッ永司!決めろー!」
先ほどの呟きを誤魔化すように、けれども私の思いを伝える為、今度はしっかりとあいつの目を見て、全ての感情を込めて叫ぶ。
ありがとう、信じてくれて。
こんな中途半端な私を頼ってくれて。
今度は私が信じる番だ。
永司の前にはキーパーが1人だけ。邪魔する者は誰もいない。一対一の真剣勝負が始まる。
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