Pretender Show

亜麻音アキ

偽装者たちの幕が上がる

 Winner Team Lilah!


 会場の大型モニターに大きく映し出された勝利を伝える文字が派手なエフェクトで白々しくギラギラと点滅している。


 眩しく明滅を繰り返すモニターの光を受けて、やや頭髪が心許なくなり始めていた広い額にぽっかりと穴を開けた死体が、濃く赤黒い液体を滴らせていた。


 ――そう、紛れもなくそれは死体だった。


 ほんの数分前まで同じチームメンバーとしてFPSで対戦ゲームに興じていた、名前も知らないおじさんの死体だ。


「は……? なんだ、これ……?」

「このおじさんの名前なんだったかな? ま、いっか。急拵えの寄せ集めメンバーだったからやっぱり生き残れなかったね。かわいそうだね。でもノエルくんのおかげで試合には勝てたね。ノエルくんは、じゅう……、ご、歳くらいかな?」

「え、あ……、十六、です……」

「そっか。やっぱりFPSは若い子の方が向いてるね。反射神経とかの差かな?」

 物言わぬ死体となったおじさんを見下ろしながら、綺麗な女性が口元を片手で隠してクスクスと笑みを溢す。


 ひとしきり肩を揺らして笑みを抑え、小さく咳払いしてからすんなりとまっすぐ伸びた栗色の髪を耳にかける。

 所作の一つ一つが上品でたおやかに見えるのだが、目の前に広がっている光景との落差がひどすぎてどんな顔をしていればいいのかまるでわからない。


 何が起こってこんなことになっているのかまるで理解が追い付かないうえに、自分の鼓動が耳の奥で反響する音ばかりがやけにうるさい。


「うん? ノエルくん、いきなり不慣れな環境でゲームして疲れちゃった?」

 唖然としたまま女性の横顔を見つめていると、さすがに視線に気付いたようで俺の顔を覗き込みながら訊ねてきた。


 ――そうだ、ノエルは俺の名前だ。


 もちろんゲーム内でのプレイヤーネームなので本名ではない。ひとまず落ち着け。


 ここに連れてこられる前に、この女性は『ライラ』と名乗った。混乱していた頭がだんだんと落ち着きを取り戻して湧き上がるみたいに記憶が戻ってくる。


 チープなギャグ漫画の一コマみたいに額に穴を開け、あまり清潔な印象を与えない赤黒い色合いの血をどろりと流しているおじさんの死体にライラさんは視線を戻す。うんうんと小さく頷いているその横顔はどこか誇らしげで満足そうに見えた。


 つい先ほど「かわいそう」と口にしたのに、まったくかわいそうだなんて思ってもいない表情のまま、

「次までにまたメンバーを集めてこないとね」

 誰に説明する風でもなく予定を確認するみたいにぽつりと溢した。


「……あの、この人たちは、どうして、死んでるんですか?」

 意を決して俺は声を絞り出した。掠れきった声は自分でさえ聞き取りづらかった。


 いつまでも呆然としているわけにはいかなかった。ぼんやり黙って眺めていられるほど目の前の光景はあまりに現実からかけ離れすぎているからだ。これが現代日本で起こっているありのままの現実だなんて、さらりと受け入れるには無理があった。


「どうしてって、ゲームで撃たれてキルされたからだよ?」

 数度、ライラさんは大きな目をぱちぱちと瞬かせて答えた。その仕草を目の当たりにして、俺は何かおかしなことを訊ねてしまったのだろうかと狼狽えてしまう。


「キル、って、みんな、ですか……?」

「そうだよ。ノエルくんも一緒にプレイして見てたでしょう?」

 確かに見ていた。キルとはそのものずばり、ゲーム内で被弾して動けなくなった状態の総称だ。抵抗することさえなくあっさりと撃たれて倒れていくチームメンバーたちを、俺はゲーム画面越しに確かに見ていた。


 そして、ライラさんが言ったとおり死んでいるのはおじさんだけではなかった。


 ライラさんから首ごと捻って視線を移した先には、チームメンバー分の五機据え付けられたゲーミングチェアが並んでいた。


 俺が座っていた隣のゲーミングチェアからおじさんの死体がずり落ちていた。

 その隣のゲーミングチェアには、座った姿勢のままやはり頭に穴を開けたおばさんの死体があった。

 さらにその隣のチェアでは比較的若い女性が息絶えていた。


 その若い女性を、まるで一昔前の宇宙服と見紛うような防護服に身を包んだ二人組がチェアから降ろしている最中だった。


 見るからに動きにくそうな防護服にもかかわらず、手際よく若い女性の身体を抱えて運び出していく様は引っ越しの荷物を取り扱っているように淡々としていた。

 もはや動かない『ただの物体』を運び出す手慣れた作業手順こそが、その塊がもう生きていないことを証明していた。


 運び出されていく若い女性も、おじさんもおばさんもみんな、ゲーム前に初めて顔を合わせたチームメンバーだった。

 俺とライラさんを除いて、チームお揃いと言わんばかりに三体の死体は頭に穴を開けている、いわゆる射殺体と呼ばれるものだった。


「いやちょっと待ってください、撃たれてキルされたのはわかりましたけど……、それはゲームの中でやられただけで――」

「ここでのキルは現実の死に繋がるんだよ。ゲーム内でキルされると連動してチェアのヘッドレスト部分から銃弾が飛び出す仕組みになってるんだよ」

 人差し指と親指を立てて拳銃の形にした綺麗な指を、ライラさんは自分のこめかみに当ててウインクしてみせる。

 実際に撃たれているのは額なのだが、そんなことはどうでも良かった。


 ゲーム前に座らせられたゲーミングチェアは、背もたれの後ろに大きな機材が取り付けられていて見た目以上に座り心地が悪かった。そしてライラさんの説明通りに、ヘッドレスト部分に穴が開いていた。おそらくこの穴から銃弾が飛び出す仕組みなのだろう。

 そしておじさんたちの額に穴が開いていたということは、後頭部から撃ち込まれた弾丸が貫通したということだ。


「じゃあ、ゲーム中に響いた、やけに大きな効果音は……」

「効果音? ああ、キルされたときの音のことかな? あれは銃弾が発射された音だよ」

 相手チームに撃たれてキルされたときに、ゲーム内で被弾したときの効果音とは違うやけに大きな音が響いたのは気が付いていた。それがまさか実際の銃声だとは思わなかった。


「え、だったら、ベルトがロックされたのも……」

「このゲーミングチェアは人が座ることでゲーム内のキャラと連動する仕組みなんだよ。ちゃんと座っていないとゲームを始められないし、やられそうになった時に勝手に立ち上がったりされると狙いが逸れちゃって頭を貫通しないでしょう?」

 チェアのシートベルトはゲームが終わるまでロック解除されないと説明された。ゲーム内の動きなどに合わせて振動を伝えたりするのかと思っていたが、ごく単純に動きを封じるためだった。ゲーム内のキルと連動してきちんと頭を撃ち抜くための措置だった。


「直前に覆ったこのシートは撃たれた汚れがまわりに飛び散ったりしないように被せてたんだよ。血液とか肉片とか、後始末は楽な方がいいからね」

 シートの端を指先で摘まみ、ライラさんは説明しながら自分でうんうんと頷く。手練れの陶芸家が焼き上がった陶磁器を見つめるみたいな眼差しだった。しかし口元だけは満足そうに柔らかく緩んでいた。


「え……、ゲーム内のキルが連動してるってことは、全滅した相手チームは――」

「見てみる?」

 ライラさんがパチンと指を鳴らす。


 その合図を受けて壁面に設置された大型モニターの画面が切り替わる。


 おそらくゲーム中は対戦の様子を映し出していたのだろう画面が、ついいままで俺が座っていたものと同じゲーミングチェアが五つ並んだ、こことは別の殺風景な部屋を映し出した。


 そこが対戦相手のチームの様子をやや俯瞰気味にカメラで映し出していることはすぐに理解できた。カメラの向こうで、撃たれて絶命している五人の死体が防護服たちに引き摺り出されている真っ最中だったからだ。


「みんなノエルくんがキルしたんだよ。やっぱりすごいね」

 ライラさんは子供みたいな屈託のない笑顔を浮かべてみせた。


 目の前がくらくらと歪んで見えた。


 これが眩暈ってやつなのか。


 目に映る全てが、まるで現実感を伴わない。


 どうやら俺は、このわずかな時間にたった一人で、顔も名前も何も知らないどこかの誰かを五人も撃ち殺したらしい。


 人が死んでいるにもかかわらず、まるでふさわしくない眩しい笑顔を湛えるライラさんを見つめ返し、俺は必死で眩暈を堪えながらこの地獄みたいな状況に置かれるに至った数時間前の出来事を思い返した。





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