第5話 デタラメの英雄譚 その4
夜もまだ開け切らぬ時刻……。
山の端はようやく明るくなってきたけれど、それでもまだ見上げれば満天の星。辺りは未だ真っ暗だ。季節はそろそろ夏から秋へと移り、明け方になると布団無しでは少し肌寒くなってきた。それなのに、妹のやつときたら昨晩せっかく掛け直してやった布団をまた蹴り落としていやがる。
「本当……まったく毎度ながら凄い寝相だよ」
子供が暑がりなのは知っているけど……。さすがにこれはちょっと極端じゃないかな?なんて思いながら、俺は隣のベッドで昨夜寝かしつけた時とは正反対の方向を向いて寝ている妹を揺すり起こした。
「なにお兄ちゃん……もう朝?まだ早いよ〜」
眠そうな妹の甘ったれた声。まだまだこの娘は甘えたい盛りの子供なのだ。
それでも、両親がいなくなってからと言うもの、妹はいつの間にか毎朝俺よりも早く起きるようになって、朝食の準備をしてくれる。まだちっさいんだから無理しなくたって良いのにさ……。
でもお兄ちゃんは決めたよ。これからは毎日お兄ちゃんがお前の事を起こしてやるぞ。だって、寝起きの妹がこんなに可愛いなんて知らなかったからさ――
「って、違う違う」
そんなんじゃなくて、今日からついに妹の特訓を始めるの。そのために今日から絶対に妹より早起きするんだから。
だから妹よ……。
「まず、顔をあらって来なさい」
さて、今日から俺の嘘を嘘で塗り固めるために、妹には特訓をしてもらう事になるのだが、
どうせ前世の漫画や小説で得たデタラメな特訓方法なんだから、テキトーで簡単で疲れない。それで絶対に怪我とかしない方法が良いに決まっている。
棒を何千回素振りするとか、大きな岩を2つに割るとか……そんなのしなくていいから。
妹が怪我とかかしちゃったらお兄ちゃん一生後悔しちゃう。だから俺がゆる〜くて、それっぽい特訓考えておいた。
「さて、それでは、行くぞ。いざ特訓へ!」
「お〜!」
妹が嬉しそうに右手の拳を突き上げた、。
まったく可愛いったらありゃしない……。ごめん、少し罪悪感で目から汗が……。
だがこんなところで弱みを見せてはならない。
「良いか。妹よ。これからお前に教える剣技は秘伝中の秘伝。絶対に誰にも見られたら駄目だからな」
目的地までの道すがら俺は、適当……じゃなくて、昨日の晩に必死に練った設定を妹に披露する。そう。これから妹に覚えてもらう剣術。
その名前は
「
ほらっ。どや!!
「………」
あれ?
ちょっと妹の反応が怪しいぞ……。あんなに綺麗だった真っ黒で大きなお目々が白く濁ってませんか?あからさまに何それ……カッコ悪いって顔してるでしょう。
それでも、気を使ってその剣術の名前を口に出して繰り返してくれたけど。
「せんねん……きゅう?」
そうそう。せんねんきゅう。
肩が凝ったり、血行が悪い時とか冷え性とかの時にも良いのよこれが……ツボにペタッと貼り付けてね。ちょっと熱いけどそれがまたよく効くの。奥さんもいっぺん試して見たほうが良いわよ。
「って、おい。せんねんきゅうって、そこで止めんなや。お灸とちゃうわ!」
いけね。妹に思わず本場のノリツッコミを見せるとこだった。でも半分は心の声だったからセーフセーフだぜ。
おや?ちょっと妹がビビってしまったみたいだな。
「ど、どうしたのお兄ちゃん。急に変な言葉叫んだりして。ちょっとおかしいよ」
なんだ、今まで俺に見せたことのない眼差しではないか……。
もしや……妹が俺のことを疑い始めているだと?あのバカ正直な妹が?
だが、悪いな。ここは威厳と風格で押して通る。
「いや、急に叫んだりして悪かった。でもな、気をつけろよ。剣術の名前は神聖なものなんだ。だから適当に名乗ってはいけないよ。これから教える剣術は千年九剣。かの
その瞬間、突然妹の目の色が変わった。超真剣な眼差しで俺を見つめてくる。一瞬「年寄り臭っ」って思ったかも知れないけど……。多分この妹は本気なのだ。
本気で千年九剣を学ぶ気なのだ……。
「ごめんなさい。私、失礼なことをしてしまいました。でも、私。ほんとに千年九剣を学びたいんです」
あの、いつも俺の後ろばかり付いて歩いていた妹が、ここまでの決意を俺に見せた事があったろうか……。
ならばこの私もその期待に本気で答えなくてはなるまい。
「よし。よくぞ言った妹よ。学ぶ者は常に謙虚で無くてはならぬ。今のお前はその素質があるようだな。ならば、今語ろう孤高にして最強の剣聖、千年救敗先生の、その生涯を……。そして伝えようその門外不出一子相伝の剣法を……」
(っていうか俺が昨日、寝ずに考えた設定を……)
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