雨女と揶揄される私は龍神様に溺愛されてます
九戸政景
第1話
「あれ……ここ、どこだろう……」
小学校での遠足の途中、私は道に迷っていた。ただ道に迷っていたならまだいい。寂しさに追い打ちをかけるかのように冷たい雨も降っていたのだった。
まるで空が泣いているかのような強い雨は私の服を濡らしながら徐々に体を冷やしていき、雨水と泥でグチャグチャになった靴の中はビショビショでとても気持ちが悪かった。
「先生達にしっかりついてきたはずなのに、どうして……」
問いかけても返事は来ない。それはそうだろう。私以外に誰もいないのだから。
「うぅ、はー君……」
家がご近所のクラスメートの
「うっ、うぅ……」
心細さと悲しさから涙が出てくる。このままみんなと会えないままで終わってしまうのかと思っていたその時だった。
「あれ……川だ」
道がわからないまま歩いている内に、私は川にたどり着いていた。雨が降っているからなのか川は少し汚い色になりながら勢いよく流れていて、何故だか川が怒っているように見えた。
「ほんとにすごい勢い……こういうの、たしか
川の勢いに飲まれてしまわないように川から離れて山の中へと戻ろうとしたその時、川の近くに誰かがいるように見えた。
「誰だろ……川に近づくのは怖いけど、気になるから見に行ってみよう……」
川の流れの強さにビクビクしながらも私は見えたものが何なのか気になり、ゆっくりと川へと降りていった。そして辺りを見回すと、そこには青い着物を着て、足には草履を履いた男の子が立っていた。
「一体どうすれば……」
男の子はとても不安そうな顔で川を見ていた。雪のように白い髪と透き通るような透明感のある肌、同じくらいの歳に見えるのにどこか大人っぽさを感じさせるその立ち姿は私を魅了するには充分すぎる程であり、どうしてこんなところに男の子が立っているのかとか雨がいっぱい降っているにも関わらずどうして服や髪は濡れていないのかなどに疑問を抱く事なく私は引き寄せられるようにしてその子へとゆっくり近付いていった。
「あの……」
「え?」
その子はとても驚いた顔をしながら私の方へ顔を向けた。間近で見たその顔はとても美形で、子役とかキッズモデルでもやっていそうな程に整った顔立ちをしていた。
「……お前は何者だ? どうしてここにいる?」
「それがわからないの。先生やクラスのみんなと一緒に遠足に来たんだけど、いつの間にかはぐれていたし、雨も降りだしてきてて困ってたの」
「いつの間にか……どうやら、お前は父上が暴れ始めた事で乱れた結界の中に迷い込んだようだな」
「父上? 結界……?」
「ここは父上が山の中に張っている結界の中だ。普段ならば普通の人間は立ち入る事が出来ないのだが、最近山中に多くのごみが捨てられている事で徐々に父上の力も弱まり、それで迷い込んできた心無い人間が父上をまつる祠を壊した事で父上は怒りから酒に溺れてこうして暴れ狂っているのだ」
「ゴミが……たしかに見かけたような気がするかも」
草の陰や木の下、道の端などにお菓子の袋や空の飲み物が落ちていた様子を思い出していると、男の子は心配そうな顔をしながらまた川を見始めた。
「父上のお怒りはもっともな話だが、このままでは結界は破れ、この山全体に力が及ぶ事になってしまう」
「そうなるとどうなるの?」
男の子は哀しそうな顔で首を横に振る。
「山の環境は大きく荒れ、木々は枯れ果てる上に山の動物達も行き場を無くし、最後には死に果てるだろうな」
「そんな……!」
山の中が酷い事になって、動物達が苦しそうに倒れる姿を想像して辛い気持ちになっていると、男の子は私に視線を向けてきた。
「お前はこの件に関係がない。私が案内してやるから、早々にここから立ち去れ」
男の子は少し冷たい声で言うけれど、それに対して私は首を横に振った。
「ううん、何か手伝わせて。私に出来る事があるかはわからないけど」
「手伝いとは言うが、私にもどうすればいいのかわからないのだ」
「でも、何か出来る事はあるはずだよ。たとえば……ほら、山の中が汚くなった事や祠が壊されちゃった事がお父さんが怒り始めちゃった原因なら、それをどうにかすればいいのかもしれないよ?」
「なるほど……それでなんとかなるかはわからないが、今はそれを試してみるしかないか。よし、まずはやってみるぞ」
「うん!」
返事をした後、私は男の子と一緒に手分けしてゴミを拾い始めた。ペットボトルや空き缶、お菓子の空き袋やビンなどその種類は多かったけれど、ちょうど持っていたビニール袋や落ちていたゴミ袋を使って分別しながら拾っていった。そして、見えている分のゴミを拾い終えた後、私達は男の子が言っていた祠の前に立った。
「これは……」
「酷いものだろう? これは父上がお怒りになるのも無理はない」
目の前にある祠は白っぽい石で出来たものだったけれど、ボロボロになって崩れていて、祠というよりはただ石が積まれたものみたいになっていた。
「これをどうやって直せばいいんだろ……何かのりみたいなの持ってない?」
「持っていないな。この祠は、そもそも父上の力で作られたものだ。人間の道具でどうにかなるものでもないだろう」
「道具……あ、食べ物ならどうかな?」
「食べ物?」
男の子の疑問に対して頷いた後、私はお弁当箱を取り出して、中からおにぎりを取り出した。
「これなら……」
「それで何をするつもりだ? 父上はおにぎりは好きだが、それで何とかなるとは思えんぞ?」
「食べてもらうんじゃなくて、のり代わりにするんだよ」
「米粒をのりに……たしかに米を煮詰めてのりにするという方法はあるな。よし、とりあえず試すとしよう」
「うん」
私はおにぎりを半分に割り、男の子と一緒に米粒を潰し始めた。そして手をベタベタにしながらも石にのりを塗り、男の子の記憶を頼りにしながら祠を組み立てていった。作業を始めてからどのくらい経ったかわからなくなってきた頃、雨水を吸った服が重くなって、体もすっかり冷えてきて寒くなってきたその時、男の子はとても嬉しそうな顔をした。
「出来た……! ボロボロではあるが、これで元通りだ!」
「ほ、ほん……とに……?」
「ああ! 山のゴミも拾い、祠も元に戻った! これなら父上も!」
その時、流れの速い川から何かが飛び出した。見るとそれは、大きな緑色の竜だった。
「あれ、は……?」
「父上だ。父上! 山も綺麗になり、祠も修復いたしました! そろそろ怒りをお静めください!」
竜は男の子の声を聞いて周りを見回し始めた。その間、なにも言わなかったから、流石にダメだったかなと思っていたけれど、竜は白い光に包まれ、やがて緑色の着物を着た優しそうな顔をした男の人に変わった。
『ありがとう、人の子よ。巻き込んでしまった形なのにも関わらず協力してくれた事、心から感謝する』
「私からもお礼を言わせてもらおう。人間などろくでもない者ばかりだと思っていたが、お前のような者もいるのだな」
「どう、いたし……まし、て……」
目の前がグラグラする中で答えていた時、私の体はグラリと揺れた。そして、そのまま倒れると、男の子は慌てた様子で近寄ってきた。
「おい! 大丈夫か!?」
『雨に濡れながら作業をしていたわけだからな。人の身には辛かっただろう』
「父上! どうにかなるのですか!?」
『落ち着け。今は体調を崩すかもしれないが、命に別状はない。とりあえず私が結界の外にいる人間達の元へ届けてくる。
「わかりました」
翠輝君は頷くと、私の顔を覗き込み、優しく微笑んだ。
「お前の名は?」
「滝川静音……」
「よい名だな。静音よ、私はお前の澄んだ心に惚れ込んだ。今後、お前が困った時は私が助ける。そのためにこれを渡しておこう」
翠輝君のお父さんに抱き上げられる中で、私は何かを渡された。そして翠輝君に軽く手を握られて安心感を覚えた後、ふわふわとした気持ちの中で私は目をゆっくりと閉じ、そのまま静かに意識を手放した。
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