第15話 絶対に変なことはしてこないよね?
「とにかく、誠士郎には近づきすぎないこと。誠士郎は人をからかうのが好きなんだから。特に、君みたいにからかい甲斐のある可愛い子は、誠士郎の好みのタイプにちがいないもの。絶対に近づいちゃダメだからねっ」
獅子戸くんが念を押すように私に言い聞かせてくる。
「わ、分かりました」
私は息をのむようにして、うなずいた。
やっぱり私は、誠士郎さんにからかわれていたのだろうか?
誠士郎さんみたいな大人の男の人が、私みたいな子供を相手にするわけない、か。
でも、もし仮に獅子戸くんの言う通り、私が誠士郎さんの好みのタイプなのだとしたら。
大人の男の人って、「試しに付き合ってみる?」くらいのことは軽く言えてしまうのだろうか?
とはいえ、誠士郎さんは私の恋を知っているわけだし……。
ああっ、もう……っ!
やっぱり私の頭の中で思考がぐるぐると回転して、放っておくと歯止めが効かなくなる。
つくづく誠士郎さんに翻弄されているな、私……。
「ねえ、君。今、誠士郎のこと考えたでしょ」
獅子戸くんがぶすーっ、と不機嫌そうに頬をふくらませる。
「もうっ、今は僕だけを見て。今、君の目の前にいるのは僕でしょう? もっと僕といっぱいお話ししよう。で、僕と一緒に寝ようっ」
そ、そう言われましても……っ。
獅子戸くんが私の異能力を気にかけてそう言ってくれていることは分かっているはずなのに。
それでも、彼からベッドの上で「僕と一緒に寝ようっ」なんて誘われたら、どう返事していいのか分からなくなる……っ。
二人でそんな会話をしていると、ふいにドアがノックされた。
「坊ちゃん、お嬢ちゃん。夕飯の準備ができたんだが」
「ちょっと待ってて。すぐに行くから」
誠士郎さんの呼びかけに、獅子戸くんが返事をして立ち上がる。
それから、うーん、と大きく背伸びをして言った。
「君とお話ししていたら、たしかにちょっと眠くなってきたかも」
「ごめんなさい。私の異能力のせいで」
「ぜんぜん。謝らなくていいよ。君のきれいな声をずっと独り占めできて、むしろ心地いいくらいだから。なんだか心まで癒された気分」
「獅子戸くん……っ」
感動のあまり、目尻に涙の粒が浮かぶ。
呪われた私の声をそんな風に褒めてくれる人は、やっぱり獅子戸くんしかいない。
彼は優しく私の手を引き、私をベッドから立ち上がらせる。
それから顔を近づけ、私の耳元でささやいた。
「夜になったらさ、また僕の部屋においで。今の続き、しよ♪」
獅子戸くんが楽しそうに目を細め、ダイニングへと去っていく。
唐突に訪れた、とろけるような甘いお誘い。
耳が急に熱くなって、クラっと立ちくらみしてしまいそう。
それでも慌てて彼の背中に続くと、誠士郎さんが呆れたような顔で私たちを出迎えてくれた。
「二人とも、早くしないと冷めちゃうだろ。ところで坊ちゃん。中でお嬢ちゃんに変なことしなかっただろうな」
「しないよ。彼女にそんなことするはずないだろ」
きっぱりと断言する獅子戸くん。
けれども、誠士郎さんの疑いは少しも晴れないようで。
「本当か? 部屋の中で、お嬢ちゃんと二人きり、それもずいぶん長い間そうしていたようだが。お嬢ちゃん、本当に坊ちゃんに何もされなかったか?」
「へっ?」
急に話をふられ、分かりやすく動揺する。
たしかに二人で会話を交わしていただけで、何もおかしなことはしていない。
でも、軽いお仕置きくらいはされたかも……っ。
誠士郎さんはそんな私の反応を見て、確信を持った声で言った。
「ははぁ。坊ちゃん、絶対何かしたろ」
「だから、何もしていないってば!」
獅子戸くんは不満そうに唇を尖らせる。
「誠士郎こそ、僕が学校に行っている間に彼女に何もしていないでしょうね?」
「さあな。したかもな」
「誠士郎っ!」
二人の視線がバチバチと交錯しあう。
なんだか気まずい雰囲気……。
ああ、お願いだから、私のせいで喧嘩しないでください……っ。
夕飯をいただき、一段落すると、私はシャワーを浴びた。
頭の上から降り注ぐシャワーの雨に打たれながら、一人で悶々と考える。
――今夜、私は獅子戸くんの部屋に行く。
それは何も、やましいことをするわけではなく。
ただ単に、獅子戸くんとお話をするため。
それ以上のことは何もない。
獅子戸くんから求められるのは、純粋に嬉しい。
こんな私でもいっぱいお話ししたいって言ってもらえるんだもの。
これ以上の幸せなんて、きっとない。
けれども、獅子戸くんだって、健全な思春期の男の子なわけで。
もし、二人っきりの閉じられた空間で、さっきみたいなお仕置きでもされたら……。
私はふいに浮かび上がった妄想をかき消すように、静かに首を横にふった。
ううん。
紳士的で優しい獅子戸くんのことだもの。
絶対に変なことはしてこないよね?
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