第12話 バーベキュー②

「おじさんって自分で言っちゃ駄目ですよー」


 私は、苦笑いを浮かべる。


「で、実際のところどうなの?」


 私としては、スルーして欲しかったのに追及される。


「どんな出会いと言われても、保護者的な立ち位置です」

「保護者かー。彼、あんなに格好いいんだし彼氏だってアリじゃないの?」


 他のみんなと離れているといっても、すぐそこにいるんだけどなと私は気が気じゃない。どう返事するにしても幸知に聞かれたくない話題だ。


「湊さん、二十歳ですよ? 年が離れ過ぎてます」


 私は、できる限り声のボリュームを絞って答える。湊さんも少しは気を遣ってくれたのか、小声にしてくれる。


「でもさ、あれくらいの子が年上の女性に憧れを持つってあるじゃん」

「憧れと恋は違いますよ。それこそ、勘違いして私が傷つくパターンじゃないですか……」


 私は、溜息交じりに呟く。


「そう言われたら、そうだけど……。でもさ、」

「はいはい。もうこの話はお終いでーす」


 私は、湊さんの言葉に被せて強制的に会話を終了させる。幸知との出会いは私の中で、推し活のようなものだ。

 私ができなかった若い頃の経験を、幸知を応援することで取り戻している。若い時にしか体験できない、おすそ分けをもらっているようなものだ。


「焼きそばできましたよ。パックかお皿ってあります?」


 私は、湊さんに笑顔で訊ねる。さっきの話を忘れたかのように。


「わかったよ。お皿ね、ちょっと待ってて」


 湊さんは、さっきの話題は諦めてお皿を取りに行ってくれた。私が、幸知や七菜香たちの方をみると四人で楽しそうに話をしている。

 幸知の笑顔も見えて、すっかり打ち解けたようだ。相変わらず、七菜香のコミュニケーション能力は凄いなと尊敬の眼差しで見てしまった。


「咲ー何々? もしかして焼きそばできた?」


 私が、七菜香をずっと見ているもんだから彼女がそれに気づいて声を掛けてきた。


「うん。できたよー。今お皿に盛ってから持っていくね」


 私は、持っていたトングをカチカチと鳴らして笑顔を向ける。


「全部やらせちゃってごめんー」

「大丈夫だよー。美味しくできてるといいけど」


 七菜香としゃべっているところに、湊さんがお皿を持って来てくれた。私は、焼きそばを六つに分けてお皿に盛る。

 湊さんも、焼いたお肉やウィンナーをお皿に盛ってみんなのところに持って行ってくれた。


 テーブルに焼きそばやお肉が置かれて、バーベキューらしくなってくる。真っ先に、七菜香が焼きそばを口にして「美味しい」と満面の笑みを浮かべた。

 それを皮切りに、みんなも焼きあがったお肉などに口を付ける。ドキドキしながらみんなの反応を見ていたが、美味しそうに食べてくれた。


(良かった。ちゃんと美味しくできたみたいで)


「やっぱり、料理系は咲に任せておけば間違いないよねー」


 七菜香が、美味しそうにどんどん食べてくれる。


「咲さん、とっても美味しいです。咲さんって料理上手ですよね」


 幸知も、若者らしく気持ちいい食べっぷりだ。


「良かった。言っても焼きそばだからね。誰が作っても同じ味だよ」


 私は、笑いを交えてそう答える。


「でも、野菜とか均等に切れてるし立派立派。たまに、本当に不器用な子とかいるから」


 佐々木さんが、冗談交じりにそうつぶやく。


「はーい。それ私でーす」


 七菜香がふざけておどけている。


「そうなんだ。どうりで料理の場に近づかないと思ったわけだ」


 湊さんが、また七菜香にツッコミを入れている。


「あっ。思った通りとか納得しちゃってます?」

「そんなことないよ。そうなんだって思っただけ」

「あー、すぐそうやって馬鹿にするー」

「してないよ。七菜香ちゃんの被害妄想だよ」


 二人が、また言い合いを初めてしまったので蘭が間に入ってくれた。


「まーまー。二人ともそれぐらいにして。お肉、まだだまあるんですよね? どんどん焼いちゃいましょー」


 蘭にそう言われたので、二人は大人しくなる。


「じゃあ、こんどは私が焼いてくるね。焼くのくらいはできるから!」


 七菜香が、トングを持ってコンロの方に歩いて行く。その後を、湊さんが歩いて行った。何だかんだ言って、二人は仲が良い。


「あの二人って、いつもあんな感じなんですか?」


 幸知が、私の隣に来てこそっと呟く。


「びっくりした? いつもあんな感じだから気にしないでね。それより、みんなと楽しそうに話せてて良かった」


 今度は私が、幸知にそう言った。


「なんか、皆さん楽しそうですよね。ギラギラしてないって言うか、程よく力抜いて楽しそうで」


 幸知は、楽しそうにおしゃべりをしているみんなを見回している。


「確かに。今いるみんなは、毎日つまらないって感じはないよね。みんな好きなことして楽しくしてる」


 私も、自然と笑顔になる。このメンバーは、性格に難がある人がいないので一緒にいてとても楽しい。

 みんなそれぞれ、自分に迷いのない人たちだ。私みたいに結婚に焦っていたり漠然とした不安を抱えているように見えない。

 だから私自身も、いつもいい影響をもらっている。


「咲さんもそうなんじゃないんですか?」

「え? 私? 私は、どうかなー?」


 そうだよって即答できないのが辛い。今の生活に不満はないのだけれど、不安はあるから。


「だって、咲さんは幸せになるのが上手だって七菜香さんが言ってましたよ。そういうの、咲の良いところなんだって」


 幸知が、思いもよらない話を始めた。


「ん? 何それ? 七菜香が言ってたの? また、適当なこと言って」


 私は、七菜香の方を見てしまう。


「適当なことじゃないですよ。んーと、人って幸せになる基準が高い人がいるって。プレゼントがダイヤの指輪じゃなきゃとか、旅行に行くなら海外じゃなきゃとか。でも、咲さんは食べたご飯が美味しいだけで幸せって言葉にするって。幸せになるのが上手な人は、いい女なんだぞって言ってました」


 私がいないところで、そんな話をしていたなんて恥ずかしくなってくる。こんなこと言われて、喜んでいいのか微妙なところだ。

 しかも七菜香のやつ、幸知君に何を思ってそんなこと言っているんだ……。さっきの湊さんじゃないけど、二人してやめて欲しい。


「何それー。お手軽な女っぽくて恥ずかしいわ……」


 私は、いたたまれなくて幸知から顔を背ける。


「違いますよ! なるほどってすっごい納得しましたもん俺。幸せを知るってこう言うことかと思いました。ってか、こんなこと言う俺も恥ずかしい」


 幸知は、ちょっと頬を赤らめている。二人して、気まずい空気になってしまった。


「もう、七菜香が言ったことなんて忘れちゃって! そうだお肉お肉。まだまだ一杯あるんだって!」


 私はそう言って、七菜香が焼きまくっているお肉を取りにその場を離れた。

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