トレーニング
壱原 一
幽霊をご覧になりたいですか。
亡くなった方が、恨みや未練を訴える為に、浮かばれず、この世に留まっている、その姿をご覧になりたいですか。
ええ…はい。そう。
そうですか。
幽霊をご覧になりたいなら、一緒にトレーニングしましょう。
ご覧になりたい幽霊は、まず、知っている方ですか、知らない方ですか。
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その方は今、亡くなる前のご自分が、どんな人柄でいらしたか、まだ覚えているとお思いですか。もう、お忘れとお思いですか。
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亡くなった時のお姿でしょうか。また別の時のお姿でしょうか。
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お顔の様子はどうですか。こちらを向いておられますか。それとも俯いたり、背けたりしていらっしゃいますか。
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血色や瞳の具合、表情はいかがでしょう。笑っておられる?泣いておられる?怒っておられる?叫んでおられる?何の感情も見受けられませんか。
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お召し物はどんな風ですか。水色のチェックのシャツを着て、焦げ茶色のズボンを穿いていますか。
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黒い皮のベルトを締めて、少しふくよか過ぎるお腹をぽってり乗っからせていませんか。
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足は裸足ではないですか。ぷうっと隅々まで浮腫んで、分厚い爪がお肉に埋もれ、間に幾らか血豆が出来て、それらが黒ずんでいるでしょう。
その足は道の上に立っている。
屈んで見ているお顔を上げて、焦げ茶色のズボンを辿って、黒い皮のベルトで締まったふくよか過ぎるお腹を包む、水色のチェックのシャツを見てください。
見て。
もう少し視線を上げて。
こっちを見下ろしているでしょう。
それが幽霊の顔です。
幽霊をご覧になった。
幽霊もあなたを見ました。
後ろに何かありますね。
いつの間にか夜で良く見えない。
後ろを良く見てくれますか。
あなたを見てる幽霊の後ろに何があるか見て。
夜の外で幽霊の後ろを見て。
あなたのお家があるから見て。
幽霊があなたの視線を追って、ゆっくり後ろへ振り返り、あなたのお家に行くのを見てて。
黒い血豆ができちゃった浮腫んだ裸足でお家に着いて、お顔とお腹を玄関の扉にめり込ませながら、少しずつ中に入っていくのをあなたはお家の外で見てて。
お家の明かりがぽっと点いて、窓に人影が過るのを見てて。
誰もいない家の中を彷徨いて、お部屋の扉に着くのを見てて。
お部屋の扉が静かに開いて、そうっとお顔を覗かせたら、あなたは幽霊をちゃんと見て。
あなたをちゃんと見てるからあなたもちゃんと幽霊を見て。
これでトレーニングは終わりです。
見える幽霊は私きりです。
終.
トレーニング 壱原 一 @Hajime1HARA
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