02・恋の時期と惚れ薬
存外にも「惚れ薬」というのは、高価なものである。
街は「恋の時期」とも呼ばれるような、冬の季節のささやかなイベントによって、落ち着かない雰囲気が蔓延していた。
まだ独立したばかりの「薬草魔術師」であるヴェリディの元にも、惚れ薬を調合して欲しいといった依頼書が数件届いたり、工房へ直接依頼を持ち込むお客が数人やってきたりする。
ヴェリディはそれらを、すべて断っていた。
理由は様々あるが、師匠からの教えを守っている、というのが最たるものだった。恋の病につける薬というのは、残念ながら存在しないのだ。
だが、あくまで提供しないのは惚れ薬そのものだ。
今日もまたひとり、街に住む気弱で奥ゆかしい少女がヴェリディの工房へやって来た。例に漏れず、恋を成就させるための惚れ薬を求めて。
「残念ながら、惚れ薬の調合はすべて断っているんです。成長途中の子どもの身体には、良いものではないですから」
望みが断たれたように落胆する若いお客様へ、ヴェリディは「でも……」と代わりの提案をする。
「想い人に告白する『勇気』が、ちょっぴり湧くような商品ならありますよ」
恋する少女はたった1枚の銀貨と引き換えに、小瓶を握りしめて街へと戻って行く。
告白が失敗しても、薬のせいにすればいい。 告白が成功したなら、薬のおかげだと思えばいい。
だけど、あの少女が一度でも勇気を振り絞ったなら、これからもあの薬に頼ることは起こり得ないだろう。
「だってこれは、ただの甘い栄養剤だからね」
薬が人の気持を変えるのではない。 人の気持を変えるのは、その人自身だ。
それは、ヴェリディが大切に守り続ける、師匠からの教えのひとつだった。
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