悪役令嬢は生き残る!

なぞまる

第1話 どうしてこうなったんですの?!

どうしてこうなったんですの?! わたくしが何をしたというのです! 裁判で決まったとか言っていましたが、わたくしそんなものに出廷した覚えなくってよ。わたくしが忘れたとかではなく、そういった事実がありません。ですからわたくしは具体的に何をしてしまったせいで逮捕されて国外追放なんて受けたのかも分かりません。


国外追放って実質死刑と同じだと聞いたことがありますわ。南の方の、町村一つ無い、魔物だらけのところに放り出されるらしいです。せめて北にある国のどこかにでも追放してほしいですわ。あまりの事態に頭が真っ白になりそうですけど、ここで叫んでいても喉を痛めるだけですし、そんなみっともない真似は出来ませんわ。


頭の中では怒りや混乱が占めていますけど、今までと同様の諦めが心を塗りつぶしてしまいそうです。お父様やお母様とは結局会えずにここまで連れてこられてしまいました。学園でいきなり捕まった時はお兄様が抗議してくれていましたけど、お兄様も兵に取り押さえられてしまっていました。……国の偉い人であるはずのお父様が何かやってしまったのでしょうか? でもそれならこんな問答無用に、わたくしだけこんな目にあうかしら?


ここは南の国境砦、わたくしが今まで暮らしていた国が治めきれるのはここが限界であると自らが引いた線の上に建てた壁を管理する場所で、兵士たちが駐屯している場所のようです。そこにある一室に軟禁されています。他の部屋とか独房に比べたらずっとましなようですが、学園でわたくしが暮らしていた寮の一室より質素ですわ。まあ罪人らしいわたくしへの扱いとしては良いものだと思えますけど……。


「食事は我慢してください。これでも我々が普段食べているものよりずっといいものなのです」


そう言っているのは、この質素な最後の晩餐を持ってきた女性兵士と一緒に現れた士官でした。


「貴方はここでは一番偉い人なのですよね、それなのにこれよりひどいのですか?」


学園の食堂も道中に出されたものもひどいものだと思っていましたが、これはそれ以下です。


「お貴族様にとってはひどいものかもしれませんが、一般士官程度では、なかなか口に入れられるものではありませんよ、これらは」


そうなのですか。出てこなかったので本日のお昼は何も食べれませんでしたのでお腹は空いています。見た目は悪いですが、一口……。

あら、これはこれでありな味ですね。見た目は悪いですが野性的な味がする気がします。


「刑が執行されるまでは、貴女は我が帝国の貴族ですから。それに私は貴女が学園で何をしてくれていたかは伝え聞いております。こんなことになってしまって残念です」


あら? わたくしこんな国境間近なところまで噂されるようなことをしてたかしら?


「貴女が皇族をも誑かす聖女と対抗されていたことは我ら兵士には有名でした」


給仕をしてくれている女性兵士が、士官のその物言いを諌めたけど、士官は止まらなかった。


「今ここで私の言葉を聞いているのは貴様とアクレシア・ノイラート様だけだ」

それもそうですね、と女性兵士も気軽な感じで引き下がった。


「聖女様は、聖女らしく、戦争なんかしない、戦争しないなら兵士はいらない、などと呆れたことを皇族に吹き込んでいることも伝わっております。それのせいで人員も予算も減らされ続けていることも」


そうなんですよ。あの聖女、平民出身だからか頭がお花畑すぎて、何度も諌めていたのです。我が帝国は、昔は拡大路線で戦争を起こして回ったせいで帝国を恨んでいる周辺諸国は多く、南には魔物の領域が広がっているのですから、兵士を減らすなんて問題外なはずなんです。こちらはもう戦争したくなくても相手が仕掛けてくる可能性もあるというのに、戦争は悪いことですからの一点張りでお話も出来ない有様でした。

は?! まさかそれのせいですか? わたくしが国外追放になるのは?! 聖女を諌めただけで?


「アクレシア様の容疑は皇族への侮辱、及び騒乱を扇動したとのものでした。現状をお分かりであられるアクレシア様がそんなことをなされるとは思っておりませんが、ハインツ殿下が証人となってしまいましたので……」


ハインツ殿下……、子どもの頃からわたくしが許嫁になっていた帝国の第二皇子。あの聖女にたぶらかされていたのは知っていましたが、まさか許嫁を切り捨ててくるとは……。まあわたくしもハインツ殿下のあまりのお花畑っぷりに辟易していたので婚約解消はいいのですが……。


「そうですの……殿下が……」


とはいえ一時は許嫁として慕っていた相手です、すごく落ち込んでしまいます。あまり頭の回転が良くないことは知っていましたが、それほどでしたか。未練などはなく、ただただ残念です。


「殿下名義の孤児院が増える一方、その割に孤児院全体への支給額が変わっていないため全ての孤児院が困窮するという本末転倒を起こしているとも聞いております。殿下には孤児院を作るよりも孤児を作らない方策に力を入れてほしいものです……」


どうもこの士官は、わたくしに同情してくれているのかと思ったけど、それだけでなく理解できる者に思いっきり愚痴を聞いてもらいたかったようです。


「ええ、本当にそのとおりです。しかし殿下は許嫁であったわたくしよりも聖女の言葉ばかり聞いていました。わたくしの言葉は人を傷つけかねないものだとか言って。確かに聖女の言葉は耳障りがよく慈愛に満ちてはいました。……まったく現実的ではないということに目をつぶるなら」


「やはり、今のアクレシア様を見る限り、国外追放せねばならぬほどの言動を行ったとは思えません。貴女のような令嬢はもちろん、貴族の子息を国外追放など例がないほどです。この帝国はどうにかなってしまうのでしょうか? 行く先が心配でなりません」


「あの政治オンチの聖女の言うことばかりを聞いているようでしたら、この帝国も長くはないでしょうね」


はっきりと思うことを言います。聖女や皇子の前ではここまではっきりとは言わなかったはずなんですが。


「残念ですが、貴女に刑を執行しないという方法はありません。その腕と首についている輪は、帝国領内にいる限り、貴女を苦しめるものだからです。刑を執行し、国外追放にしなければその腕輪と首輪はとれません。力不足で申し訳ない」


「いえ、貴官は何も悪くありません。むしろ貴方のような方がわたくしの近くにいてくれたなら、今のようなことにはなっていないのでは、とすら思えます。貴方がいなかったわたくしは慎重に動かなければいけなかった。次があれば慎重にやりますよ。あるいは力ずくにでも」


「次があるように祈らせていただきます。明日早くに刑が執行されるでしょう。どうかよく食べ、よくお眠りください」

そう言って士官は女性兵士をおいて、この部屋から出ていった。


「あのスヴェン・カーク砦長とこれほどお話ができるとは、さすがですね。あの方すごく気難しいので有名なんです」


「そうなんですの? すごく聡明で優しい方だと思いましたけど。ああ、わたくしと同じく目が悪いのか目つきが悪いせいかもしれませんね」


わたくし自身がそうなので、そう思いました。目が悪いと見えづらいときに睨みつけるように凝視してしまいますから。わたくしはだから自室では眼鏡をかけて、それ以外は魔法の力でなんとかしていましたが、眼鏡はなかなかお高いお値段でしたね、確か。今は眼鏡をかけていないし魔法も封じられているのでわたくしも人相が悪くなっているかもしれません。


「そういえば最近目が疲れるとか……。明日出発するまでは不肖私がお世話させていただきますから、ご遠慮無く何でもおっしゃってください。可能なことでしたらお世話させていただきますので」


お風呂に入りたいけど、流石に無理でしょうね。魔法封印が解除されたら魔法でなんとかしましょう。


「ええ、ありがとうございます。短い時間ですがお世話になりますわ」


次の日の朝、着の身着のままで寝たわたくしは昨日の女性兵士に起こされ、最低限の身だしなみを整えてくもらいました。今までは縦ロールっていうのかしら? 長い髪を縦にロールさせた長髪にしていたのですが、その髪型では邪魔だろうと、ポニーテールにしてくれました。縦ロールが髪に少し残っているので耳の隠れる、ただのポニーテールに見えない素敵な髪型にしてもらいました。腕前そのものは寮について来てくれていたメイドに及ぶものではなかったですけど、一応犯罪者とされているわたくしを兵士が整えてくれるとは思ってなかったので嬉しかったです。ポニーテールなんて子どもの時以来ですわ。


「とても手入れの行き届いた金髪でしたし、美しい方はどんな髪型でもお美しくなってしまうのですね、羨ましいです」


「ありがとう存じます。貴女のお名前を伺っても?」


軟禁されていた部屋から出て外に向かう途中、聞いてみました。


「えっと、はい、私はマリー・フリッチェと申します」


「マリー、ありがとうございました。マリーのおかげで最後の一夜だというのにとてもゆっくりできましたわ。それに髪まで整えてもらって」


「いえ、そんな。スヴェン砦長の指示もありましたので」


マリーは兵士だから髪は短く切りそろえていて飾りも素っ気もないけど、ちゃんとした身だしなみをすればわたくしの同級生たちよりも素敵なお嬢様になりそうですわ。ついている筋肉はどうしようもないですけど、隠しようもいくらでもありますし。


外に出たらまだ太陽は登りだしたばかりというほどの朝でした。向こうから装甲馬車が走ってきます。


「最後まで身辺警護させていただきます!」


最後だなんて不吉な、と人に言われたら思わないでもないけど、やっぱりそうよね。それなのにわたくしはなぜこんなにも落ち着いていられるのかしら。少し考えただけで思い至りました。

わたくし、諦めてばかりだったですものね。貴族の家に生まれたのはいいけど、まったく思い通りには生きてこれませんでした。生まれたときから引かれていた線に沿って生きてきただけ。おめかしなんか興味ありませんでしたし、素敵な男性の話なんかにも興味はなかった。冒険譚が好きでした。


そもそも子どもの頃に出会うまでは存在も知らなかったハインツ殿下の許嫁になってしまいましたし、ずっと退屈でした。それではいけない、これ以上周りに流されてはいけない、と学園に入ってからは自己を出すようにしていました。聖女と対立したのも、そもそも聖女が嫌いなわけでなく、その考え方が帝国を、世界をすら悪い方向へ進ませるものであると考えたからですし。


理解者はここにくるまで誰一人いませんでしたが。探せばいたのかしら? 悔やむとしたら自らの賛同者を探してこなかったことかしら。……自分では自明だと思っていたから、孤高になっていたということに気づいていなかったわ。そこは悔いが残るわね。今更どうしようもないことですが。


しばらく待っているとスヴェン・カークと顔がヘルムで見えない兵士が一人、一緒にやってきて、装甲馬車に乗り込みました。わたくしもその後にマリーから乗るように促されて乗り込みました。マリー自身もわたくしの後から乗り込んでわたくしの隣りに座りました。向かいにはスヴェン・カーク、マリーの前がヘルムの兵士です。


「アクレシア・ノイラート。貴女を国外追放の刑に処します。私は立会人で、マリーは執行までの護衛です」


「はい」


「とまあ、形式的にはこれで貴女を荒れ地に置いていくだけなのですが、この馬車が門をくぐれば私達四人だけです。誰も咎めるものはいない」


もしかしてなんとかしてくれるのかしら?


「しかし残念ながら門の出入りは厳重に管理されております。ですので我らが貴女をお守りするためについていくことは出来ません」


心底残念そうな顔をしてそう言ってくれる。


「私達ができることは少しの物資を渡すことだけです。本来国外追放者は門の外に身一つで放り出すだけなのですが、物資を用意した上で南にある森までお送りします。森ならあるいは生き延びられるかもしれません」


え? 森? 森など入ったこともありませんわ。そこで生き延びよ、とおっしゃるのですか。確かに兵士の訓練を受けているであろうマリーあたりならそれも可能かもしれませんが。


「あと、辛くても門に近寄ってはなりません。即刻射殺されますので」


なんとも絶望的なことをおっしゃってくださる。


「アクレシア様は魔法を自在に操れると聞いておりますので、これを用意いたしました」


そういってスヴェンから鞘に入った短剣を受け取りました。


「魔法の発動体を兼ねる魔法の短剣です。私の装備品なのですが魔物の襲撃でついうっかり落としてしまったものです」


後半何を言ってるのか一瞬わからなかったけど、そういうストーリーでわたくしに渡してくれるのね。


「それとこれを」


天井にあったらしい戸棚から毛布と背負い袋を取り出し、渡された。


「背負い袋には火口箱に節約すれば数日分の携帯食料、塩と香辛料の入った小袋が複数、それに水袋、簡単な野営キット、念の為のポーションと魔力回復薬がはいっております」


まあ、ポーションに魔力回復薬はとても高価なものですのに。


「我々に回ってくる軍備費は減る一方ですからね。自衛のために自由に使えるこれらも用意しているのですよ」


なるほど、体をはる仕事なのにポーションですら自由に使わせてくれなくなってるのですか。事態は深刻のようですね。


その後は会話もなく馬車に揺られ続け、ふと馬車が止まりました。


「名残惜しいですが、ここでお別れです」


先にヘルムの兵士とスヴェンが降りて、そのあとにわたくしが降りて後ろにマリーがついてきます。わたくしは降りてすぐ背負い袋を背負って短剣の鞘を腰につけました。


「マリー」


スヴェンがマリーを見てあごをしゃくりました。マリーは兵士の返事をして、わたくしにつけられていた首輪と腕輪を外してくれました。腕輪はともかく首輪は不快でしたから助かりましたわ。


「これでアクレシア・ノイラートへの刑の執行を完了する」


「おおっと、魔物の襲撃でうっかり魔法の槍を回収するのを忘れていたー」


急にヘルムの兵士が棒読みにそんな事を言って、持っていた槍をその場に取り落しました。


「その槍は縮め、伸びろと考えるだけで伸縮する魔法の槍だったのになー。縮んだ時はすごく小さく軽くなるし、伸ばすと杖にも使えるほど丈夫な便利なやつだったのになー」


棒読み独り言で使い方と有効性を説明してくれました。そういえばヘルムの兵士、乗り込んだ時は槍なんか持ってなかったのに、降りたらいつの間にか持ってたわね。確かに有効そうです。それに杖代わりになるのは助かるかもしれませんわ。


「では我らはこれにて。再び出会えるよう祈っております」


そう言ってスヴェンたちは装甲馬車に乗り込んでいってしまいました。


「おっと、俺も新調したばかりの水袋を落としてしまったぜ。もったいないことしたなー」


出発する前、馬車の御者が水がたっぷり入っていそうな水袋を落としました。ここに来た人たちは皆わたくしの味方だったようです。たいへんありがたいと思うとともに、彼らのような人たちともっと早くに出会えていたらわたくしの今の運命は変わっていたのかしら、とも思いました。


馬車が去っていくのをずっと眺めていました。ここからはもう一人です。そして誰にも知られず一人で死んでいくのですね。これがわたくしが望んだ自由なんですの? いえ、絶対に違いますわ、これが望みだったなら聖女を諌めるなんてこといたしません。

わたくしは、もっとわたくしを含めた皆が笑い合える、わたくしのことを理解してくれる、そんな人と出会える世界にしたかっただけのはずだったのです。しかしこんなことになってしまったのは、やはりやり方を間違えたのでしょうか? それとも貴族の娘風情には高望みがすぎる思いだったのでしょうか。


いえ、学園に入るとき、もうわたくしは自分の心を諦めない、と決めたはずです。誰に嫌われようと、悪と罵られようと、その結果がこれなのです。甘んじて受けましょう。

しかし抵抗はします。

わたくしはまだ死にたくはありません。死にたいのなら誰にも迷惑をかけずに自分一人で死ねばよかったのだから。

ですからわたくしはぜーったいに生き延びてやりますわ。そしていつか帝国に戻ってハインツ殿下にビンタでもしてさしあげないと気が済みませんわ。


そう考えながら残していってくれた槍と水袋を拾いました。


さて、と。携帯食料が入っていると言われていましたけど、背負い袋自体は思ったより軽かったのでそんなに量は入っていないのでしょうね。毛布は軽い高級品のようです。背負い袋の上に毛布を括って固定する紐がついていたので、いつぞやに絵本で見た冒険者が背負っていたものの形にして自分で背負います。正直背負ってみると重く感じます。けどこの荷物だけが今のわたくしの持ち物の全てで、命をつなげてくれるはずのものです。


「荒野より、森のほうがいいですわよね。スヴェンもそう言っていましたし。隠れる場所もあるし、もしかすると食べ物や水もあるかもしれませんし」


スヴェンたちがいろいろと苦労してわたくしをここまで送り届けてくれたんです。まずは森に向かいましょう。荒野で魔物に出会ったらどうしようもありませんし。

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