恋は灯台下暗し

花霞千夜

第1話

「おはよう」

「おはよ〜」

生徒たちの明るい朝の挨拶が交わされる中、僕はひとり、ある人を見つめていた。ある人というのは、恥ずかしながら自分の好きな人。彼女は誰にでも優しくて、こんな地味な僕にも笑顔で接してくれるのだ。恋に落ちないわけがない。それと、名前を呼ばれて振り返った姿。その反動で、艶を帯びた長い黒髪がなびく。その顔は笑顔だ。加えて、勉強もスポーツもできる。才色兼備な女子高校生なのだ。今日もとりあえず僕は席に着いて、周りにバレない範囲で彼女を見つめる。友達と朝から笑って会話している彼女。やはり、笑った顔が素敵だ。

「さーきと、もう今日も朝からずぅっーと見つめてるじゃない」

咲人とは、僕の名前である。

「あ、おはよう。雪華」

「あ、おはよう、じゃないわよ。何今日も彼女に惚れてるのよ」

ちょっと毒っけの混じった言葉を言った彼女・雪華は、僕の幼馴染だ。幼稚園からずっと一緒なので、腐れ縁の仲である。いや、それではなく。

「え、見つめてたのバレてた?」

「そりゃあバレてるわよ」

「そ、そんな、、、」

まさかバレてた?周りに?嘘だろう?僕は机に思いきり突っ伏した。彼女を思い初め始めたときにはもう雪華に秒でバレたため雪華は良いとして、他の人にバレるのはまずい。それが噂となってゆくゆくは彼女に伝わってしまうのだろう。それだけは絶対にあってはならない。

「みっともないわねー」

頭上で雪華の呆れた声が聞こえてきた。

「しょうがないだろ、、、」

項垂れる僕に、雪華はため息をついて自身の席に着いてしまった。ちなみに、雪華の席は僕の目の前にある。

「そんなに項垂れてると、彼女にドン引きされちゃうわよ〜?」

驚いて顔をあげた僕の目の前で、雪華は含みのある笑みを浮かべた。

「それだけは嫌だ!」

ドン引きされるということは、自分をやばい人だと思ってしまわれるということ。それだけは絶対に嫌だ。好きな人には嫌われたくないだろう?ただ、その反応が面白かったのか、雪華はふっと笑い出した。

「そんなに好きな」

「しっ!言わないで!」

「はいはい」

良かった。言おうとした雪華を途中で止めることができて。すると。

「はーい。みんな席に着いて〜」

担任の先生が教室に入って来る。一斉にみんな席に着き、雪華も例外ではなく机に向き直った。みんな席に着いたのを見計らって、日直の人が声をかける。

「起立。おはようございます」

「おはようございます」

「はい、みんなおはよう」

朝の挨拶を交わし、席に着いた僕は彼女を目で探した。昨日席替えをしたばかりで、彼女がどこにいるのか朧気なのだ。確か、左側だったはず。それだけは覚えておいた。だから、僕は左の窓側の一列目から彼女を目で探した。

(あ、いた)

彼女は左から二列目の前から三番目にいた。先生の話を熱心に聞いている。それは毎日そうで、とても真面目な子なのだ。太陽の光が彼女の黒髪に当たり、艶やかさを帯びている。真っ直ぐ流れる水の如く。綺麗な髪だなーと思っている頃には朝の学活は終わっており、目の前には教科書とノート、筆箱の三セットを持っている雪華が目に入った。いつのまにぼうっとしていたのだろう。見惚れてしまっていたのだ。急になんだか気恥ずかしくなり、僕はそれを隠そうと教科書を探すふりをした。

「何を今更」

雪華はやはり毒舌だ。そう思いながらも、三セットを机の上に出すと、雪華に顔を覗き込まれた。

「ほっぺ赤いよ?」

そして、僕の頬をつまみ、ムニムニしだす。

「う、うるさいなあ。そこまで言わないでよ」

「あ、怒っちゃった?ごめんね〜」

てへっと雪華は笑う。これは絶対反省していないだろう。雪華は相変わらずこの調子だ。

「ほら早く行くよ」

「言われなくても行くよ」

三セットを持ち、雪華と共に教室を出る。僕は高校二年生になり、理系の物理に進んだのだが、雪華も同じ理系の物理選択者なのだ。だから、毎日受ける授業は同じ。こんなにも長くいる幼馴染はいないだろう。

「拗ねてるの?」

ふふっと雪華はまた笑う。

「拗ねてない!馬鹿にするなー!」

「あはは、ごめんごめん。馬鹿にはしてないよ?」

本当にそう思っているのだろうか。雪華の思うことは分からない。

「ずっと一緒なら、私にすれば良いのに」

「ん?ごめんなんか言った?」

ぼそっと言った雪華の言葉がはっきりと聞こえなかったのだ。それを素直に謝ると、雪華は普通に笑って答えてくれた。

「ううん、気にしないで。ただの独り言よ」

「そう?なら良いけど」

「うん」

下を向く雪華。笑っていたけれど、眉毛が少し下がっていた。やはり、重要なことではなかったのだろうか。けれど、雪華が気にしないで、と言うのなら仕方がない。まぁ、雪華が自分から言ってくれるのを待ってみよう。僕と雪華は物理室へと足を進めた。


「ずっと一緒なら、私にすれば良いのに」

咲人が、彼女のことを好きなのは始めから知っている。この高校に入ってからだ。咲人が彼女を好きになった理由は、どうやら一目惚れらしい。入学式の時だったか。新しい環境で緊張しすぎた咲人は、階段で転けてしまったのだ。その時、優しく天使のような笑顔で手を差し伸べてくれたのが、彼女だったらしい。確かに、彼女はなんでもできて、誰にでも優しい欠点のない子だ。私も時々仲良くさせてもらっている。なんと言っても、彼女はこのクラスのマドンナなのだ。人気の高い子の友達になれたのはとても嬉しい。この通り、地味な私にも仲良くしてくれる。普通に優しくて良い子なのだ。男子どもが惚れないわけがない。咲人もどうやら例外ではないようで、毎日のように彼女を目で追っている。だけど、私は?咲人とは幼稚園から一緒なのだ。なのに、なぜ私のほうを向いてくれないのだろう。私はずっと咲人のことがーー。

「雪華?」

黙っていた私に、心配そうに咲人は顔を覗いてきた。私はぱっと顔をあげた。

「ん?なに?」

「え、あ、いや〜なんか、悲しそう?いや?なんか言葉にできないけど、顔に翳りがあったから。何も喋らなかったし」

(なんで、気づくの)

咲人は優しい。誰も気づいてくれない些細な私の感情によく気づく。いいよ。気づかなくて。この二言を言いかけてやめたことが何度もある。私の想いには気づいてくれないくせに、悲しいの?とかつらい?とか訊かれるのが、なんとも言えない気持ちになるのだ。私は、彼女のように咲人の心は掴めない。掴みたかったそれは、遠いところに行ってしまったのだ。

(私は、咲人の隣にいて良い人間じゃない)

咲人は優しい。だから、私といてくれる。本当なら、男友達と遊びたかった、話したかったのではないか?私が咲人を邪魔している?そんな自己嫌悪に陥ってしまい、私はこれ以上何も言えずに席に着いた。

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