第3話 幼馴染の警官

 アンに聞いてきたんじゃしようがないな。休憩時間まで待っててくれるか?

 ……もう20代も半ばなんだろ? 無言でコクンとうなづかれてもかわいくもなんともないぞ。 


 久々にアンから電話がかかってきてさあ。

「アタシが聞いてこいって言ったのよっ! まさかアンタ、アタシに恥かかせたりしないわよねっ!」って。


 情けないだろ。現役の警官が幼馴染のガキ大将からの”恫喝”の電話に屈服してんだぜ?

 でもまぁ、こればっかりはほとんど生まれた時からの条件反射のようなものだしな。


 お、手土産か。悪いな。

 このシュケット、アンのところのパン屋だろ。押し付けられたのか?ま、ここのは旨いけどな。

 安いコーヒーしかなくて悪いな。薄給の役人向けにはこんなところだ。


 で、何を聞きたいって?


 子供のころってったって何話せばいいんだ? そっちはあのころほんのおチビだったから覚えてないかもしれないのはわかるけど、俺だってまだ10にもなってなかったんだ。覚えているかどうかわからんぜ? 


 ……ああ、”怪盗紳士”、か。やってたっけな、”怪盗紳士”ごっこ。



 ボロ布のマントをみんながはおる。

 筒で作った帽子をかぶると……。


「怪盗紳士だ!」

「「わぁーい!!」」


 まだ働きにも出ていない小さな子供たちの今の「ヒーロー」は「怪盗紳士」だ。


 連日新聞を賑わせている「怪盗紳士」。


 お父さんが新聞を見ながらお母さんに話すのを、それぞれの家でみんなが聞いている。


「“なぜ革命時に今の政府に協力した英雄が牙を剥いたのか?”だと?

 そんなもの、今の政権が腐ったからに決まっているだろうが」


 物価の上昇、賃金の低下、続く不況、儲けるのは政権の息のかかった奴等ばかり。

 たてつく者は片っ端からしょっぴかれる。


「革命前は文句ぐらいは言えたのに」

「あなた、そんなこと、外で言っちゃダメよ?」


 だから、そんな悪いヤツラをこらしめている「怪盗紳士」はいい者に決まってる。


 オレたちは怪盗紳士の許可を得たわけじゃないけど、好きだから勝手に応援する「勝手応援団」だ。


 勝手応援団は今日もしょーもない歌を歌いながら街を練り歩いていく。


「「く~さった く~さった~

 国のいちばんたかいとこ く~さった~

 そこへ紳士があらわれて~

 ちょん と持って~ いったとさぁ~」」

「こらぁ、もっと静かに歩けよ」


 店の裏口から生ゴミの山をもって出てきて声をかけた10才かそこらの少年は、この前八百屋に奉公にでたアンリ兄ちゃんだ。


「あ、にーちゃんおつかれさまぁー」 「お仕事がんばってね~」

「お前らも10過ぎたら働かなきゃなんないんだからな~?」


 兄ちゃんの言葉なんかなんのその。

 アンだんちょ~を先頭に「怪盗紳士」の軍団は街を練り歩いていく。


 一番後ろをとてとてと仲間についていこうとするのは、まだ5つにもなっていない隣町から来てる奴だ。


 一人ぺこりと店の兄さんにあいさつして、頭から帽子が落ちた。それをかぶりなおすとはぐれないように、ととととと……っと追いかけていく。


「おまめ! おそいとおいてくよ!!」

「いま、いく~」


 それでもちっちゃいから、コケる時はやっぱりコケる。

 案の定とてっとコケて今にも泣きそうになっている。


 一応副団長なオレが助けに行くべきかと思ったけど、ほかの連中にしめしがつかないから行くにいけない。

 これでも8つにしては力持ちと頼りにされている強面の副だんちょ~なのだから。


 そうこうしているうちに件のちび助は、通りすがりのワインの瓶を小脇に抱えた紳士に助け起こされてた。

 助けてくれる人がいるなどとは思ってもいなかったらしいおまめのやつは、びっくりした顔をして相手の顔を見た。


 そしてその後満面の笑みで。


「ありがとう!」


 ……ちぇっ、ガキは愛想を振りまきゃいいから得だよな。



 オレたちがいつもの集まっているのは近所の空き地。そこで作戦会議だ。


「実は……怪盗紳士の正体、気がついちゃったんだ」


 頭がよくて教会の牧師さんから学校に行くための特別授業とか時々うけてるシャルルがこっそりうちあけた。いわく。


 不機嫌そうな顔で姿勢よく、時々街を歩いているおじさん。姿かたちからして怪盗紳士にちがいない。


 だって、アヤシいんだもん。


 勝手応援団はみんなヒートアップ。アンをはじめとして直接会えるかもしれない機会にワクワクしだした。


「後をつけてってアジトをみつけるんだ」

「で、ぐぅの音も出ないほど正体をあばいてから……」

「子分にしてもらうんだ!!」


 街を歩いている、かの人を見つけるのは実はそれほど時間はかからなかった。


 かねての相談通り、みんなで尾行開始。


 マントに筒の帽子の子供の一団が10人ほど、かの人の後にずらっと一列に並んで……。その様子は他の街の人たちにも丸見えだ。


「何やってんだ?」

「尾行~」

「がんばれよ~」

「がんばる~」


 町の人との気の抜けた会話があっても、自分たちの行動が周りから丸見えだなんてちっとも考えずに尾行は続く。


「どこ行くのかな」 「アジトだよ、きっと」

「このまんまだと裏路地だよ? 子供だけで行っちゃうのっていいの? 」

「だいじょ~ぶ。怪盗紳士のあとをつけてるんだから」


 そうやって尾行していると、かの人と勝手応援団との間に横の通りから人影があらわれた。


「け、警官だぁ」


 しかもこちらにではなく、かの人の方へと歩みを進めている。


「まずい!」 「怪盗紳士がつかまっちゃう!」


 いっしゅん振り返ったアンがオレたちを見てうなづいた。


 そうとも、オレたちは勝手応援団。怪盗紳士の味方だ。

 たとえ相手が警官だったとしても、やるときはやるんだ。


 だだだっと走っていった子供たちは警官の足をガシッとつかんで羽交い締めにして足止め。


「逃げて~!怪盗紳士にげて~!」「足止めするから早くっ!」「がんばれ~!怪盗紳士がんばれ~!」


 いきなり現れたかと思うと自分の両足にしがみつき、そんなことを大声でわめきたてる子供たちにいくらがっしりとした体つきの警官とはいえ驚かないわけがない。


「おい、お前ら何やってるんだ! 」


 驚く警官が何をわめこうが離れてなんかやんない。


 きっとオレらはタイホされちゃうんだ。父ちゃん母ちゃん泣くだろ~な。でもいいんだ。みんなの英雄、あの怪盗紳士を身をていして守ったんだもんな。差し入れはミートボールがいいな……。


 一連の騒ぎに町の人たちの視線もあつまり、ざわめきまで出てき始めた。


 どうやら自分が怪盗紳士と思われていることに気が付いたのか、観念したかのようにかの人の歩みがぴたっと止まった。


 そしてくるりと振り返ると、一層不機嫌な顔でオレたちの前までスタスタとやってきてピタリとその歩みを止め……。


「うるさい」


 逆光で顔に影まで落ち、不機嫌そうに見下ろすその人物の意外な一言に、オレらは毒気がぬかれて一斉にその口を閉じた。


 あれ? 怪盗紳士だよね? オレらの味方だよね? なんでオレら怒られてんの?


「やぁ先生、お知り合いですか」

「まさか」


 ……どうやら警官と“先生”と呼ばれた人物は知り合いらしい。


「わかっているとは思うが、革命時に足をやられていてね。もうとんだり跳ねたりはできん」


 もう何度も繰り返して慣れているかのように”先生”と呼ばれた人は懐から何かを取り出して警官の人に渡し、相手も何かおかしそうな顔を無理やり気の毒そうな風にしてそれを確認した。


「“善良な市民”からの通報はこれで何件目でしたかな」

「もう、違うことはわかっているでしょう」

「それなら壁への殴り書きは自重してもらわにゃあ」

「ムリだ」


 淡々となされているやりとりにオレたちの手の力だって抜ける。

 大人たちにわからないようにお互いの顔を見合わせる。


 違うの? 違うの? 別人なの?


 そうやっておっかなびっくりになっていることなど当の警官にはお見通しだったのだろう。

 ジロリと足元に視線を落とすと突然大声で吠えたてた。


「これ以上先生に迷惑かけるならしょっぴくぞっ!」


 これにはだんちょ~も強面の副だんちょ~も関係ない。

 一喝されては子供たちも逃げるしかない。


 一人コケた子を仲間が助けて散り散りに去っていくのを、あたたかな日差しの中、街の人たちがほほえましく見ていたことなど、あの時の当の本人たちにはまったく考えつきもしなかったのだ……。



 ……あ! オヤジさん!


 いえ! 気が緩んでいたわけじゃありません! 昔馴染みがきましたもので。

 お前も挨拶しろよ。俺の指導警官。……あの時、俺たちが足止めしてた警官の人なんだ……。


 はい! 俺とつるんでたやつらの一人です!……定年間近だってのに物覚えいいっすね、オヤジさん。


 なんの話をって、昔話です。あ~……あのときの……ことを……。


 はい! 休憩時間中です!

 え……手土産をどこへって……?

 ええ!? あの先生のところっすかぁ!?


 いえ、謝罪とかはしてないっすけど。

 はい、なんかこいつ、あの頃のことを小説とかにしたいらしいんすけど。

 はぁ、あのエピソード使うんなら一言挨拶は必要っすよね。


 あー……お前、どうする?

 先生のところは管轄内だから案内はできる、けど。












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