初雪が降るまでに

愛美

first snow

春、まだ肌寒い頃、恋をした。

馴れ合う程度の気持ちだったはずなのに、いつの間にか、そう簡単には抜けられない沼にはまっていた。話したい、触れたい、見つめたい。

つまらなかった日々に少し花が咲いた瞬間だった。

この気持ちを思い切って友達に打ち明けた。友達は、異常な程に喜んでいた。それがなぜなのか、その時は知らなかった。彼も同じ気持ちだったらと、少し期待の言葉を吐いた。吐いた言葉が、あんなにも早く事実に変わるなんて。彼も同じ気持ちだった。急にきた通知音と、スマホの上にでるメールの文で、夢をみている気がした。「付き合って」世界には色々な言葉があるけれど、それを遠回しにしない真っ直ぐな気持ちが嬉しかった。

それから1ヶ月、少し冷たさの残る彼と、恋人らしく過ごした。その冷たさが心地よかった。時々みせる笑顔や、時々囁く愛の言葉が、私にだけ向けられている優越感に浸る。このままで時が止まるならどんなに良い事か。幸せだった、ひたすら。けれど、あの頃の私はまだ未熟で、普通なら少しの痴話喧嘩をたらたら引きずるような性格だった。一緒に帰れなかっただけで拗ねたり、返信が遅いだけで怒ったり。今思うと、無意識な束縛だった。次第に関係は常に緊迫していた。別れを告げられるまでそう時間はかからなかった。「正直もうわからない」今までで一番、残酷な言葉だとおもった。あの時もっと素直に、好きだと言えていたら。

それから1年、もうどうも思っていないかのように過ごした。忘れようと、寄り道をしてみたりもした。その度にもう恋なんてしないと決めた。でもその度に、彼が視界に入ってきた。僕はもういいの?と訴えかけられている気がして、忘れようにも忘れられなかった。もう閉じ込めておけなかった。

ある日唐突に連絡をしてみた。それで自分に空いた穴を埋められると思った。思ったより連絡は続いて、丁度いい距離感を保てていた。けれど、穴は完全には埋まらなかった。その先を、もう一度求めてしまった。恋で止まる気持ちではなかった。どれだけ拒まれても良いと思った。少し先を期待して、思い出の中の彼を浮かべた。

秋、紅葉に照らされた夜に独り、影を追いかけた。いるはずもない彼の影を。もはや思い出に縋ることしかできない私を、誰か助けてほしかった。孤独に包まれた私を救い出してくれようとした人に、少し愛を感じた。「幸せにする」久しぶりに感じた愛を、受け入れた。また幸せになれると思った。なのに、思い出の彼はいつまでもついてくる。優しくしてくれたあの人に申し訳なくて、別れを告げ、また殻に閉じこもった。

また独りになって考えた。愛とは何なのか。彼を縛った私が、今彼に縛られている。いつまでたっても振り向いてくれないのはわかっているのに、少し微笑んだのを見ると、また期待してしまう。行き場のない気持ちを自分の中で整理しながら生きていく。でも思えば、彼を思っている時が一番幸せで、思い出すのも全て彼だった。

愛とは、愛されるとは、愛するとは、幸せとは、全て彼だった。彼なしではもう生きてはいけない。好かれなくていい、愛されなくていい、私が愛しさえいればいい。自分でもこの愛のあり方が異常なのはわかっている。でもそれ程人を愛してしまったのだ。



冬、息が白くなった頃、人を愛した。

これまでに無い寒さと、一途な心の暖かさに包まれる。あの頃とは違う点と言えば、心の寛大さだろうか。今なら全て許せる気がする。心の底から愛して良かったと思える。歯止めのきく愛はいらない。

紅葉も全て散った。イチョウも。春、夏、秋、冬、全て通ってきた。辺りもすっかり変わった。変わらないものといえば、愛だろう。ゆっくりでいいから、ゆっくりで。季節が一つ過ぎる度に、愛を伝える。いつかまた貴方と過ごす季節が来るまで。


欲を言えば、初雪は貴方と見たい。


Fin.



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初雪が降るまでに 愛美 @hubuki0610

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