貰ったチート【読心の魔眼】で最強のギャンブラーになろうと思う

訳者ヒロト(おちんちんビンビン丸)

第1話 転移

 朝、いつもの電車に乗り遅れたので、会社を辞めることにした。そんな些細なことが全てを投げ出した理由だった。


 笑うなかれ。本人にとっては世界滅亡に等しかったのだ。一つ逃せば次は一時間後なのだから。


 その男はどこにでもいる男だった。


 平凡な人生を歩んできた。

 そこそこの学校を卒業し、そこそこの企業に就職して、そこそこの評価を受けてきた。


 でも、ほんのふとしたこと――電車に乗り遅れたことをきっかけに社会からドロップアウトしてしまった。


 敷かれたレールから落ちてしまった人みんなに劇的なストーリーがあるわけじゃない。

 なんとなく苛ついたとか、急に嫌気がさしたとか、そんなことでも競争から脱落していくのだ。彼にとってはそれが「電車に乗り遅れた」だっただけ。


 確かに嫌なこと辛いこと苦しいことが重なってはいたけれど、男自身そのことで挫けるとは思っていなかった。


 だが人間は案外脆いものだ。自分で考えているよりもずっと、限界は近い。


 男は上司に「辞めます」と四文字だけ送信して、ふらふら街を歩いた。吸い込まれるようにパチンコ屋へ。


 その日以来、男は貯金と失業保険を賭博に注ぎ込んだ。

 競馬、競輪、パチンコ、なんでもやった。そのうち違法な賭け雀荘やカジノに出入りするようになって、貯金を湯水のように使い捨てていく。


 もうどうでもよかった。

 賭けに勝つ一瞬の喜びだけが心を満たしてくれた。トータルで負けてるなんて、まったくもって意味のないことだ。

 そもそも人生はトータル負け! それが合言葉である。


 いわゆる「無敵の人」になったのだ。

 全てを投げ出してしまえば不思議と心は晴れやかだった。人と話すのは好きではなかったのに、好きになれた。パチ屋でたむろしている馴染みの連中と勝った負けたで一喜一憂するのが楽しかった。


 いよいよ貯金は底をついた。

 男は一世一代の大勝負に出ることにした。

 地下で行われる大賭博イベントに参加するのだ。カイジかよと毒づきながら。


 優勝者には「新しい人生」が与えられるらしい。

 きっと金と身分でもくれるのだろう。参加者はみなそう認識していた。


 もっとも、男は賞金で人生をやり直すつもりなんてさらさらなく、勝てばさらなる博打に突っ込むつもりでいた。

 賭けるために勝ち、勝つために賭ける。素晴らしい永久機関だ。


 そして男は――優勝した。


 頂点に至るまでの友情やら裏切りやら悲喜こもごもについては大胆に省略するとして、その優勝に理由なんてない。ツキがよかっただけ。


 些細なことで人生を棒に振ることもあれば、運がいいというだけで人生を手に入れることもある。そういうことだ。


 仮面を被った主催者が言う。


「おめでとう。登録番号ナンバー96クロ、あなたには”読心の魔眼”を授けます。そして新たなる世界、新たなる人生を」


 なんだそれはと言い返す暇もなく、男の両目に痛みが走った。目を開けていられない。


 痛みがおさまるまで十数秒。


 目を開けたら、そこは異世界だった。



▼△▼



 どこか、知らない街の道の真ん中。

 男は立ち尽くしていた。


 奇妙な風体の二足歩行生物――たぶん獣人とか亜人とかそんなやつら――が追い越していったりすれ違っていったり。

 往来の中央にぼんやり突っ立っている男を気にかける人はおらず、みなが足早に歩き去る光景は日本の都会を思い起こさせる。


「どこだよここ……」


 男はつぶやき、途方に暮れて空を見上げた。

 漆黒の空に幾億の星がまたたき、えいせいは六個もある。


「もしかして異世界? まさかな」


 男は人の流れに逆らわないように歩き出した。

 周囲を見回して見慣れぬ外見の人々に驚きながら、独り言を続ける。


「優勝したのに金を貰ってないんだが」


 男のポケットの中には一円玉一枚も入っていない。着の身着のまま、正真正銘の一文なしだ。


 そういえば。

 ふと男は思い出した。仮面の主催者が「読心の魔眼を授ける」などと理解不能なことを話していたことを。


 男は不思議にも、教わらずとも体が魔眼の使い方を知っていた。目に力を込めれば通行人たちの思念――「心」が流れ込んでくる。


『オレ様のプリティな毛並みにでっかい毛玉が出来ちまってるぜ。早く帰って毛繕いしないと』


『あのドワーフうざすぎる。次会ったら自慢のヒゲを燃やしてチリチリにしてやる』


『今日はツイてた…… 黄金ウサギを見れたなんて、いよいよランク昇格かもな』


 剥き出しの思考、言葉では表せない漠然とした気持ち、鮮やかに彩られた感情。そういうものが一瞬のうちに百も二百も押し寄せてくる。


 男は立ち止まって圧倒された。


 表情から気持ちを読み取るとか、言葉で思いを伝えられるとか、そんな生優しいものではない。

 人々が心の中に押し隠している感情、それが自意識を押し潰されそうになるほどの濁流となって流れ込んでくるのだ。


「これはなかなか……」


 男は魔眼の効果を切った。


 そして理解した。

 目に映る光景と魔眼が読んだものを鑑みれば、誰にでも理解できることだ。


 ここはコスプレ会場でもなく、夢の中でもなく、地球とは異なる別の場所――異世界。

 そして男に与えられた唯一のチートがこの魔眼。主催者の言う「新しい人生」とはこういう意味だったのだ。


 異世界転移とはなんとも突飛でふざけた事象ではあるが、男はすぐに受け入れた。

 もともと人生を捨てた身だ。面白そうであればなんでもいい。


 男は流行りのライトノベルやweb小説も読んだことがある。そしてこういうときの定番が――


「冒険者ギルドでも行ってみるか?」


 男はまた歩き出した。 

 とりあえずは目的地を定めることもなく、ただ大通りを流されるままに進んでいく。


「いや少し時代遅れかも。それに、魔眼ってショボイよな」


 魔眼は対人戦において有効なのは間違いないが、ゴーレムやスライムやらがいるとして、そういう魔物相手にも役立つとは考えにくい。


 ならば――

 男は閃いた。


 ギャンブルで食っていこう。


「この魔眼、ギャンブルなら最強だし」


 というか今までとなんら変わりはない。ギャンブルギャンブルギャンブルなその日暮らし、異世界編が始まるだけ。


 そうと決まれば早速、男は通行人に賭場への道を尋ねた。なぜか言葉が通じるが、そんなのはどうでもいい。


 男は逸る気持ちを抑えられず早歩きで賭場へと向かう。ギャンブラーは、異世界でもギャンブルができることに興奮していたのだ。


 賭場はすぐそこ。

 派手なネオンカラーの看板がチカチカ輝いていて遠くからでも見つけられる。中に入る前から勝負人たちの喧騒が聞こえてきていた。


 男は異世界に来て数分、さっそく命綱もなしに、薄暗い賭場へと頭から飛び込んでいく。

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