5.

 あの日から、お互いの部屋を行き来することが増えていた。

 そのたびに求められるまま、肌を重ねた。

 何ひとつ苦痛ではないけれど、情熱と快楽は一時的な麻薬のようなもので、すぐにまた薄れて消えてしまう。少なくとも、わたしの心が満たされることは決してなかった。


 ことを終え、ベッドで背を向けて横たわるわたしの肩甲骨に、唇の熱気が膨らみに沿ってなぞられる。智花は何を話すわけでもなく、そんな愛撫を静かにそっと続けていた。

 やがてシーツの衣擦れの音が聞こえると、背中からやさしく抱きしめられた。

 胸のぬくもりと鼓動が伝わってくる。とても穏やかな律動リズムのそれは、胎児の頃にも感じたような気がした。


「さえ……」


 くぐもるような声で名前を呼ばれても、わたしは何も返さなかった。

 暗がりの床に落ちている制服と下着をただじっと見つめていた。



 水曜日の昼休み、本校舎の階段踊り場で智花にまた会った。

 今度は抱きつかれることもなく、片手だけ握られる。


「あした、うちに来ない? さえもどうせ暇してるから来れるでしょ?」

「ああ……うん……いや、パス。いま生理中だから」

「えっ? 関係なくない? さえって、重くない人だよね?」

「うん。でもさ、行ってもエッチできないよ?」


 わたしの返事を聞いて、智花はなぜか微笑ほほえんだ。


「別にそれだけが目的じゃないって。さえって、スケベだなぁ」

「だってさ、わたしたちってセフレみたいなものだよね?」

「……セフレ?」


 智花の表情が固まり、握られている手の力が弱まる。

 瞳孔が凍りついたような、そんな澄んだ眼をしていた。


「そうだよ。恋人って言ってもさ、所詮は肉体関係じゃん。智花もわたしとヤりたかっただけだよね?」

「なにそれ……えっ、さえって、そんなふうに思っていたの?」

「うん。だってそうじゃん。付き合ってることをみんなに秘密にして、こそこそと隠れて会ってエッチしてるだけ。これってさ、もう完璧にセフレだよ」


 言い終えるか終わらないかの絶妙なタイミングで、握っていた手を素早く離されて左頬に平手打ちをされた。それと同時に、痛みと驚きが一気に押し寄せる不思議な感覚も味わった。


「信じらんない!」


 突然の出来事に唖然としているわたしを置き去りにして、智花は階段を駆け降りて行ってしまった。

 いったい何がいけなかったのだろうか。

 その日、何度かメッセージを送ったけれど、既読の表示は付かなかった。


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