6.

 智花は何を怒ったのだろう。

 今になっては、もうわからない。

 ただ、間違いないのは、わたしたちの恋愛関係はあのときに終わったということだ。

 彼女のアプローチから始まり、彼女の平手打ちで幕を下ろした恋人ごっこ。

 良くも悪くも、稀有な経験だった気がする。


 でも、本当にそれだけ?


 学食で智花を見た。友達に囲まれて楽しそうに笑っていた。

 かつての恋人は、今は遠くから眺めているだけの存在になった。ほんの数日前まで、セックスをしていたなんて信じられないくらいにまで距離が遠くなってしまっていた。

 わたしは今日も、ひとりでカレーライスを黙々と食べ続ける。

 智花は何を食べたのか──ふと、そんなことが頭を過ぎった。


 でも、本当にそれだけ?


 涙がこぼれていた。

 たいして辛くもないカレーなのに、涙が出ていた。

 唇が、スプーンを握る指先が、自分の意志とは関係なく震えている。

 こんなことは人生で初めてだった。

 だけど、なぜなのか、その理由はわかっていた。

 どうやらわたしは、智花を愛していたみたいだ。

 失って初めて理解した。愛する者を失うことの苦しみを。

 せつなくて心が締めつけられる。

 胸の内側から肉片が剥がされてゆくような、無限の責苦。

 どれだけ味わっても決して赦されない。わたしは、大罪人だ。


 でも、本当にそれだけ?


 暗闇の天井に、テールランプの明かりが揺れ動く。

 智花に逢いたい。

 智花に愛されたい。

 智花こそ、わたしのすべて。

 それでも、こんなに激しく欲しても、もう彼女は振り向いてはくれない。

 ああ、智花……智花……智花……!

 ベッドの中でわたしは、声を押し殺して泣いた。

 そして、1時間もしないうちに泣き止んだ。

 いつものわたしに戻っていた。



 あの日、1枚のメモ用紙が机の中にあった。

 すみっこに仔猫のキャラクターが印刷された、可愛らしい感じの。

 でも、今はもう手もとには無い。

 燃え尽きて灰になって、空の彼方へと消えていったはずだ。






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彼女と彼女の物語 黒巻雷鳴 @Raimei_lalala

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