彼女と彼女の物語

黒巻雷鳴

1.

 その日、1枚のメモ用紙が机の中にあった。

 すみっこに仔猫のキャラクターが印刷された、可愛らしい感じの。

 昼休憩が終わる10分前に体育館の裏で待っています──そんな言葉が、シャーペンの小さな文字で書かれていた。

 やわらかな筆跡と甘めの残り香から察するに、〝名無しの誰かさん〟は女子だろう。

 これまでも下駄箱に手紙が何回か入っていたことがあったけれど、このパターンは初めてだ。

 もちろん、わざわざ行く必要性なんてない。でも、とくにその時間帯に予定もなかった。



 学食でカレーライスを食べ終えてから、トイレで歯を磨く。

 昨日もカレーで、一昨日もカレー。きっと明日も、わたしはカレーライスにするだろう。

 本日も快晴。約束の時間よりも少し早く着くと、ひとりの女生徒が背を向けて立っていた。

 うしろ姿に見覚えはない。

 身長は、わたしよりも少し低いくらいだろうか。

 近づいて来る気配を察知したのか、彼女が振り向く。

 やっぱり知らない顔だった。


「あっ! あの……来てくれて、ありがとうございます」


 うつむいたままで彼女が言う。

 そして、沈黙。

 あとの言葉は、何秒待っても出てきそうになかった。


「……呼んだからには、なにかわたしに言いたいんだよね? そのまま黙ってられると、なんか不快だし、休憩時間も終わっちゃうんですけど」

「あっ、はい……そうですよね……ごめんなさい……」

「そもそもさ、あなた誰? 前に話したことあったっけ?」

「えっ!? いえ、一度もないです……その、わたし1年C組の外崎とのざき智花ちかです。きょ、今日は小日向こひなた先輩に大切なお話が──」


 彼女には悪いけど、ブレザーの右ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。

 昼休憩が終わるまで、残り4分と少々。


「好きです! わ、わたしと付き合ってください! お願いします!」


 突然そう叫ばれて、御辞儀とともに右手を差し出される。

 17年の短い人生の中で、ラブレターや告白された経験は何度かあった。

 でも、同性からのアプローチはこれが初めてだ。

 今現在、わたしに恋人はいない。

 そもそも、恋愛に興味が無いのだから、つくるつもりもなかった。

 だけどこの時なぜか、ふと魔が差した。

 下級生で同性の恋人が欲しくなった。


「ああ……うん。まあ、いいけど。よろしくお願いします」


 差し出された手を、サッと軽く掴む。

 こうして、わたしたちの交際が密やかに始まった。




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