リコリス・ラジアータ

凩雪衣

序章


「あなたは、犠牲に出来ますか?」



 尋ねてきたのは、カラスだった。真っ黒な片翼のカラスだった。翼は、無理やり引きちぎられたように傷だらけで、とても、立ち上がれるようには見えなかった。

 けれど、そんな傷すらも揉み消すかのように。無慈悲にも、非道に、残酷に。カラスは、尋ねてきた。


「手も、足も、目も口も鼻も、煮えたぎるような憎悪も、心が張り裂けそうなほどの悲しみも、心の奥底に花が綻ぶような喜びも、たったひと握りの幸せすらも――」


 この先、一生。人の姿を保てない温度まで冷えきってしまいそうな、鴉月の下で。

 まだ、手も、足も、目も口も鼻も。五感と感情、全てを持ち合わせていた時に、それは訪れた。


「犠牲に、出来ますか?」


 全てを覆せるような、好機が。


「――できる」


 その声に、温度はなかった。


「もう、全部、奪われた」


 真っ白な毛並みは、真っ赤な血で汚れていた。


「失うことも、何も、怖くない」


 たとえ、この命を、落としてしまったとしても。


「なんでも犠牲にする。だから……」


 この選択を、後悔することは、ない。


「私に、生き方を教えて……ッ」


 これは、失って、失って、失って。失い続けた先にある、再会の物語。

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