追放聖女の新興宗教《リベンジ・カルト》

しまかぜゆきね

第1話

「例の聖女、ようやく追放されたらしいわよ」


 朝、議員会館で内務長官からそう言われた。


「そうですか……良かったです」

「あら、あんまり嬉しそうじゃないのね? あなたの手柄でもあるでしょう」


 私は議員バッジの位置を確認しながら答える。


「ありがとうございます。でもそういうことにあまり一喜一憂しないようにしているんです。そうしないと私、すぐ気を抜いちゃうので」

「あなたが気を抜いてるところなんて想像がつかないけれど……さすがノヴァ商会のお嬢様は厳しい教育されてるのね」


 シズ・ノヴァ。それが私の名前だ。


 父は大商人のリーダイア・ノヴァ。

 ……正直、お父様の名前を出されるのは好きではない。


 私の仕事は私の仕事としてしっかり評価してもらいたいからだ。


 私が表情をこわばらせているのに気づいてか、長官が肩をポンと叩く。


「ま、息抜きも大切よ。ほら、コーヒー」

「ありがとうございま……あちゅっ!」


 思ったより熱かった。涙目の私を見て長官は笑う。


「ハハ。ほら、もう行くわよ。今みたいな気の抜けた顔の方が可愛いわ」

「え、あ、ちょ、ちょっと待ってくださいまだ準備がぁ」


 歩き出した長官の後を焦って追いかける。


 今日も議会が始まる。



◆————————————————————◆



 行くあてもなく、王都の路地をトボトボと歩く。


「く、最悪です……」


 私の名前はライカ・シーノ。


 数日前まで・・・・・王国を代表する聖女でした。


 なぜこんなことになったのかといえば、私が教会の資金を不正に使用していたことが発覚したから。


 ええ、確かに私は教会の資金を不正に使い込みました。

 しかし、これは無実の罪です。


 意味がわからないかもしれませんが、本当なのです。

 どういうことか。


 自分で言いますが、私は有能です。したがって、横領してはいましたがその証拠を残すなんてヘマはしません。


 ではなぜ追放される結果になったかといえば単純に、王国で最も人気の聖女である私に周囲の聖女らが嫉妬し、私が本当に横領していたのにも気づかず・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、無実の罪をでっち上げたからです。


 その証拠に、やつらが言う私の使い込んだ額・使用方法・横領の手口のどれもが、実際私のやったものと異なるものでした(なんなら、実際の方がいっぱい使い込んでいる)。


 こういう事情があって、私は罪を犯したけれど無実の罪で裁かれたと言えるのです。


「あーあ」


 思わずため息が出ます。

 正直、私は神など信じていませんでしたが、こうも綺麗にバチが当たるとは、意外に神は実在するのかもしれません。


 ——とまあ、無駄な後悔はこのあたりで終わりとしましょう。


 重要なのは、これから何をするのかです。


 おとなしく田舎に帰るか、あるいは……


 と、そこまで考えたときでした。



「おい、もしかしてウワサの聖女サマかぁ? クビにされたんだってな。よければ俺と遊ぼうぜぇ」


 すれ違いざま、ゴロツキの男に話しかけられました。


「あぁ……そういえばここは裏路地でしたね。周囲に人もいないし……もしかしてあなたは私を襲うつもりですか?」

「話が早くて助かるぜ」

「ええ、こちらとしても話が早いのは助かります」


 男が手を伸ばしてきたので、私はその腕を掴んで折り曲げました。


「グアアアアアアァ!」


 男は叫び、仰け反りながら、私と距離をとります。


「あれれ、いいんですか?」

「チッ、クソ女が! ……まあいい、箱入り育ちの聖女サマは知らないだろうが俺はここらをナワバリにしてる盗賊団の一員だ」

「つまり?」

「つまりな、俺が親分に報告したが最後お前は手痛い復讐にあうんだよ! 震えて眠りやがれ!」


 そう言って男は走り出します。


「なるほど、では手遅れですね」

「そういうことだ、お前はおしまいだ! あばよ!」

「いえ、あなたがです」

「は?」


 そのとき男は目線を下げ、たった今自分の体に刺さったものに気づきそのまま倒れました。


 私が投げた魔剣です。


「さてと」


 男に刺さった魔剣を引き抜き、刀身に魔力を込めるのを止めます。


 すると輝く刃は消え、持ち手だけになりました。


 魔剣とは魔力を込めることで光の刃が現れる魔道具です。

 したがって今のように、刀身の血の掃除がいりません。

 しかもかさばらないので便利です。


 魔剣をそのまま服に収納し、動かない男の体に目線を向けます。


「……まあ、バレたとてですが。一応隠しておきますか」


 男の腕を引っ張り、見つかりにくい物陰に動かしました。


 さて、では今度こそ何をするか考え……


「あ」


 ふと、男が言っていたことを思い出しました。


復讐リベンジ


 なるほど復讐。うん。なかなかいいですね。



◆————————————————————◆



「では過半数の賛成を持って、本案『国家統一法』は可決とする!」


 議長の声が議場に響く。


 本日、『国家統一法』が与党『王国党』などの賛成多数により下院を通過した。

 

 数週間後、上院(貴族院)でも採択が行われ、正式に施行される見通しだ。


 一方で、一部で反対のヤジを飛ばすものもいる。


「国統法反対!」「国民の自由を縛るな!」


 多くは野党『共和党』員だ。


「少々騒がしいですが、無事可決されましたね」

「ああ」


 私が言うと、横にいる内務副長官が頷く。


 政府で内務補佐官として働く私と、上司の副長官はもちろん与党(王国党)所属。


 今回の国家統一法は日々増す『魔王軍』の脅威に対応するため、前国王の元で進んだ自由民主化の流れを一度止めるものだ。


 具体的には貴族・聖職者の権限拡大や、軍備増強とそのための増税などが盛り込まれている。


 一般市民からすれば歓迎しにくい内容かもしれないが、魔王軍に対応するためには致し方ないことでもある。


 ——私は正義を信じてきた。

 今回の場合、共和党のような理想論ではなく私たちの現実的で責任ある政治こそが「正しいこと」のはずだ。


 ……少なくとも、そのときの私はそう信じていた。

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