第13話

「桜子。先、お風呂入っていいよ」


「いえ、そんな。一番風呂なんて。あとで大丈夫です」


「わたしは仕事があるんだよ。むしろ、今から入れって言われるほうが困るから。先入って」


「……はい」



 そんなふうに説得して、なんとか桜子を浴室に押し込んで、再び雅はパソコンを睨んでいた。


 彼女のひとつひとつの気遣いが、桜子の元の生活がちらついて憂鬱になる。


 早く遠慮せずに生活させてあげたいが、それには雅の尽力が必要だ。



 その重さに顔を顰め、自然と手は煙草へと伸びていった。


 煙をくゆらせながら、重圧から目を逸らす。



「アイドルの面倒を見るなんて……。その子の人生の面倒を見る、と同義なのにな……」



 そう呟き、目を瞑る。


 なぜ、自分はこんなことをまたやっているんだろう。


 その重みに耐えかねて、逃げ出そうとしていたのに。


 こうしてまた、信じられないほど重いものを背負っている。



「親父が早くに死んだのも……。耐えられなくなったのかな……」



 若くして逝った父を思う。


 過労に加えて、精神的な負担も大きかったのかもしれない。



 煙をフゥー……、と吐きながら思いを馳せるものの、同情はできなかった。


 好き勝手生きて、死んでからも迷惑を掛けられている身としては、むしろクソ親父、と墓石を蹴ってやりたい。


 たぶん墓参りにも行かないだろうけど。


 とにかく、父の代わりに月森桜子の人生を見てやらなければならない。


 だけど、どうやって?



「………………ん」



 ぼうっと煙草を吸っていると、桜子の声が聞こえた。



「……雅さーん……」



 そちらを見ると、桜子が湯気を纏いながら、脱衣所から顔だけ出している。


 濡れた髪がぺたっと垂れて、細い肩と肌が色っぽい。


 グラビアの練習か? と訝しんでいると、桜子は囁くような声で言う。



「すみません、雅さん……。バスタオルが、なくて……」


「あ。ごめん、忘れてた……」



 しまったしまった、と立ち上がる。


 急いでタオルを取り出して、彼女の元に持っていく。


 脱衣所からは湯気が漏れ出ていて、温かい空気とボディソープの香りが漂ってくる。



 彼女にタオルを手渡すと、桜子は「ありがとうございます……」と恥ずかしそうに笑った。


 そのまま桜子は扉を閉めようとしたが、その際にとんでもないものを見えてしまう。



「――待った、桜子。え、あなたすごいね」


「え、ひゃっ」



 扉が閉まる直前に指を差しいれ、強引に開け放った。


 すると当然ながら、目の前には素っ裸の桜子が現れる。



 全裸。



 濡れた髪はしっとりしていて、露出した首元に張り付いている。そこも十分に煽情的なのだが、問題はその下だ。


 彼女の腕は細い。脚もだ。腰もくびれがあって、お腹はぺたんとへこんでいる。


 肉付きのある女性が好きな人は物足りないかもしれないが、スラッとした体型を好む人からすれば、つばを飲み込むほどに色香があった。


 そう、基本的に桜子は細いのだ。



 雰囲気もほわほわしていて、やわらかい女の子。


 そんな子からは想像ができないほど――、立派な胸を持っていた。


 首からのなだらかな曲線から、ぐっと前に飛び出して、重量感のあるふたつの果実を抱えている。その張り、大きさは、女性の雅からしても尊敬に値する。



 胸が大きい女性はそこまで珍しくはないが、細身の身体にこの大きさはなかなか見られない。恵まれた体型だ。


 タオルで隠すのが間に合わず、彼女は全裸のまま固まっていた。


 だからつい、しげしげと見つめてしまう。



「身体は細いのに、胸はかなり大きいね……。桜子、着やせするタイプなんだ。すごいよ。桜子、水着の撮影って抵抗ある? あぁもちろん、そこまで際どいものは着せないよ。でもこの胸は、見せたほうが絶対――」



 顔を近付けて、見事な胸を見つめていると、桜子が何も言ってくれないことに気付く。


 そっと見上げると、彼女は真っ赤な顔で唇を引き結んでいた。



 ……おっと……。



 桜子の身体につい興奮してしまった……、いや、それだと誤解を招く言い方だが……、思わず夢中になってしまったが、この状況は実によくない。


 目の前には、全裸の少女。


 一糸まとわぬ姿で、どの部分も一切隠れていない。いや、濡れた髪が肌に張り付き、若干胸を隠してはいるが……、だからなに、という話だ。



 若さを感じる肌はとてもきめ細やかで、物凄く綺麗だ。きっと触れたらすべすべなんだろう。弾力だって違うに違いない。張りのある肌が水をはじき、水滴となってぽたぽたとこぼれていた。


 首から下にかけて形のいい鎖骨、しっかりと主張するふたつの胸、なだらかなお腹とくびれ、それにへそ。股も脚も、どれもこれも、全部晒している。


 まごうことなき全裸の上に、服を着たまましげしげとそれを観察してくる女。


 雅でさえ、逆の立場だったら恥ずかしくなると思う。



 それも十七歳の女の子が、今日会ったばかりの人に全裸姿をチェックされたら、まぁこうなるよね。


 しかも、おっぱい大きいね、なんて言われながらね。


 もちろん、仕事としてチェックしたつもりだけど、関係ないもんね。


 ごめんね。


 逮捕されるべきかもしれない。



「……ごめん、桜子。悪気はなかったの。ごゆっくり……」


「はい……」



 蚊の鳴くような声を聞きながら、雅はそっと脱衣所から出て行く。


 なんだか、日本に戻って来てから、どんどんと罪を重ねている気がする。


 桜子が洗いざらい警察に話したら、実刑喰らう気がしてきた。



「でも……、あの胸は立派だったなぁ……。すごい素質だ……」



 本人に聞かれたら、すごい目で見られそうなことをしみじみ呟いてしまう。


 そのあと、口数が少なくなった桜子がおずおずと出てきたので、雅は逃げるように風呂へと入った。

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