第3話
次の日、彼に手作りのシフォンケーキを渡すだけ――ただそれだけなのに、お昼ご飯が喉を通らなかった。そんなビビりまくりの気持ちをなんとかすべく、トイレでしっかりと化粧直しをして、見た目から自信をつけてみる。
しかしながら綺麗にしたところで、毎日顔を突き合わせてるアイツは、私の些細な変化に気づかないだろう。どんなに可愛くしてもマイナス面を目ざとく見つけて、ツッコミを入れてくるのが想像ついた。基本的にイジワルなヤツだし。
ほかにもどうやって声をかけようとか、自分で作ったシフォンケーキは上出来だと思ったけど、アイツの口に合わなかったら、それだけで嫌われるかもしれない。なーんてことが頭の中をループするせいで、手渡すことを躊躇してしまう気持ちがどんどん膨らんでしまった。
(あーあ、告白するわけじゃないのに、今からこんなメンタルなんて、先が思いやられるよ……)
残り時間、あと20分で終わってしまうお昼休み。ビルの屋上で昼食をとっているであろうアイツのもとに向かうため、渋い表情のまま部署を出た。天気のいい日は決まって、アイツは屋上でお昼を食べる習慣がある。
失敗を繰り返した末に、上出来のシフォンケーキを作ることのできた、自分の頑張りを思い出し、必死に勇気を振り絞る。小ぶりの紙袋の取っ手をぎゅっと握りしめながら、上に行く矢印のエレベーターのボタンを勢いよく押した。心臓が痛いくらいに高鳴っていることを、空いてる手を胸に当てて、わざわざ確かめる。
就活の面接のときとは明らかに違う、胸のドキドキ――それはとても苦しく感じるものなのに、全然つらくはなかった。むしろ、心地良い苦しさだった。
恋するドキドキは、自分の背中を後押しするスパイスみたい。ドキドキを感じてるだけで、マイナス思考がどこかに飛んでいってしまうのが不思議。
てのひらに伝わってきたドキドキを逃がさないように、握りしめながら顔を上げたそのとき、エレベーターの扉が小さな音を立てて開いた。数歩先にある屋上に通じるドアに向かって、弾むような足取りで近づく。
心の中で「えいっ!」とかけ声をかけて重いドアを開けると、飛び込んできた真っ青な青空が目に眩しかった。
(空って、こんなに青かったっけ? 心ごと、吸い込まれてしまいそうになる――)
澄んだ屋上の空気を思いきり吸い込みつつ、瞳を細めて眩しさをやり過ごしながら、アイツを探した。
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