第22話
「僕はずっと会場にいた。君はずっと僕の視界に入る場所にいたはずだけど?ずっと会場にいた君がどうやって不審者の会話を聞くことができたのか教えて欲しい」
その言葉にリーナはギクッとする。
彼女の表情からは焦りが見て取れた。
「ここ最近、僕の所にしつこいくらいに手紙を寄越す女性がいる」
初めて手紙を受け取った時、やんわりと断りの返事を書いた。
しかし、それが伝わらなかったのかその女性からの迷惑な愛を乞う手紙は途切れず毎月必ず届く。
その迷惑な女性は夜会では必ず僕の視界に入る場所にいる。存在をアピールするかのようにじっとこっちを見つめて。
誰とは言わず、ミシェルは語る。
「何かの間違いでしょう」
「気のせいではないでしょうか。そうでしょう、リーナ」
ロマーニオと妻がリーナの顔を覗き込みながら言う。
青い顔でガタガタと震えながらリーナは口を噤む。
ロマーニオも戸惑っているようだ。
当然か。まさか娘がストーカーまがいの行為を公爵である僕にしていたのだから。
「違います! 手紙は……きっとエスティラが私の名前を勝手に使ったのだわ!」
「そうよ、あの子の仕業だわ! この子がそんなストーカーのような真似をするわけないもの!」
「手紙の差出人が誰であれ、昨日の夜会で君が僕の近くにいた事実には変わりない」
自分の迷惑な行いをエスティラに被せようとするリーナ達にミシェルは冷たく言い放つ。
「なんにせよ、僕が感謝しているのはエスティラ嬢だ。彼女はどこに?」
ミシェルの言葉にロマーニオはニヤリと笑う。
「申し訳ありませんが、あいつは外出しております」
何としてもこの男はエスティラと僕が会うことを阻止したいらしい。
素直にエスティラに会わせていれば損はしなかっただろうに。
今後のこの男の処遇については考えておかなければならない。
「なら、帰るまで待たせてもらうよ」
ミシェルは長い脚を組みなおして、腕を組む。
「いつ帰ってくるか……最近は無断外泊も多いので今日は帰らないでしょう。それよりも、誤解が生じているようです」
「そうですわ! 誤解を解くためにもお互いを良く知る必要があると思いますの」
「誤解も何もない」
エスティラが尊厳と体面を捨ててミシェルを助けた事実を自分達は何もせずに得ようとしているのだから面の皮が厚い奴らだ。
こんな身内の元で過ごさなければならない彼女に同情する。
「確かに、君のことは良く知る必要があるね」
ミシェルの言葉にリーナはぱぁっと表情を明るくする。
「よく知った上で医師を紹介しよう。自分の行動を全く覚えていない上に妄想が激しいようだから」
「み……ミシェル様……? そんな……」
何を期待していたらしいリーナは言葉を失う。
「何ですと⁉ いくら公爵様でも娘を侮辱することは―――」
「そちらこそ、公爵であるこの僕に虚偽の発言をしたということはそれなりの覚悟があるんだろうね?」
ロマーニオが言い終えぬうちにミシェルは強い口調で言い放つ。
王弟であり、王の家臣として降下した若き公爵。
近衛騎士団団長を務める威厳と王や家臣からの厚い信用、広く人口の多い領地をまとめ上げる領主としての手腕と才覚、甘い顔とは裏腹に王族らしい容赦のない残虐性、全てが今目の前にある。
自分よりもはるかに大きな存在を目の前に、ロマーニオは気圧され、青ざめた。
ミシェルは青ざめるロマーニオ達を一瞥して立ち上がる。
待っていてもエスティラは出てこない。
それであれば探すしかないか。
そして馬車を降りてすぐにどこかへ飛んで行った小さな竜も。
「悪いが、勝手に探させてもらう」
「いくらディブラード公爵様と言えど困ります!」
「彼女には借りたものを返さなきゃならない」
ミシェルは引き止める声を背に歩き出した。
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