第14話
エスティラはミシェルに抱えられて、とある一室にやってきた。
靴を脱いだエスティラの足はズタボロだった。
両足とも踵から指先までボロボロで皮は捲れて血が出て、水ぶくれができてそれが割れ、とにかく酷い。
エスティラの足を見て、公爵はどこかへ消えてしまった。
勿論、部屋の外には見張りがいるので逃げられない。
連れて来られた場所ですぐに尋問みたいなことをされると思っていたので今この部屋と気持ちにゆとりがあることが不思議に思える。
『エスティラ、足は平気か? 血の匂いがするぞ。頬も真っ赤だ』
「クルードル……心配してくれるの? ありがとう」
純粋にエスティラを心配してついてきてくれた犬のクルードルにエスティラは感動した。
誰かに心配してもらうのなんていつぶりか。
叩かれた頬を押さえながらエスティラは思った。
『人間ってのはヤワだな』
そう言ってロンバートは小さな身体をエスティラの膝の上に落ち着かせる。
「誰のためにこうなったと思ってんのよ?」
少しだけ苛立った口調でエスティラは言う。
足がボロボロになったのは勿論、あらぬ容疑を駆けられて嫌いな身内に平手打ちを喰らったのはこの小さな黒竜のためだ。
『あのワインには間違いなく毒が入っていた。それも公爵のグラスのみにだ』
俺の鼻は少量の毒でもかぎ分けるのだとクルードルは言う。
『これで毒はなかったと言えば俺があの男の首を噛みちぎろう』
『やめろ! 怖いこと言うな!』
何て頼もしい発言だろうか。
エスティラはちょっとだけ気持ちが楽になる。
「ロンバート、クルードルの冗談よ。でもそうね……」
もしもの時は是非お願いしたい。殺さなくてもいいけども。
コンコンコンとノックされ、扉が開く。
扉が開くとすぐにルイーゼウがエスティラ目掛けて飛んでくる。
『遅くなって済まないな、エスティラ』
エスティラが腕を差し出すと、ルイーゼウが腕にとまる。
エスティラのドレスの袖を破らないように慎重に降りて来てくれるのは紳士と言える。
「彼女の治療を頼みたい」
ルイーゼウの入室と同時に、何人かが部屋に入ってくる。
ミシェルと青い髪の騎士、それから白髪の騎士だ。
「承知しました」
ミシェルの言葉に青い髪の騎士が答える。
その騎士の足元にもぞもぞと何かが動いているのが見えた。
『あいつを探してたんだ』
ルイーゼウが言うとぴょんっとエスティラの前に躍り出る白い塊。
『あれあれあれ、珍しい人間だねぇ』
「こんにちは、兎さん」
可愛い。とても可愛い。
喋り方は面倒見の良い町のおばちゃんのようだが。
『アーニャは治癒術が得意な聖獣だ。これで足は綺麗になるだろ。頬の腫れもすぐに引く』
わざわざルイーゼウが探してきてくれたらしい。
本当に紳士。本当にありがとう。
これで風呂に入る時に足がしみることも、寝る時にシーツが引っ掛かって激痛を伴うことも、歩行の度に足を気にする必要もないわけだ。
『わたしゃ、アバーニャだよ。よろしくね、珍しいお嬢さん』
「エスティラ・ルーチェです。よろしくお願いします」
エスティラの言葉にミシェルや騎士達は首を傾げ、顔を見合わせる。
おっと、動物に頭を下げるちょっと頭がおかしい奴だと思われてるな。
でも今のはこの場にいる人に自己紹介したとギリギリ思われなくはない気がする。セーフよ。
聖獣や動物と会話が出来ることは秘密だ。
知られてはいけないという両親の教えで、叔父たちにも結婚するつもりだった元婚約者にすら教えていない。
知っているのは自分を除けばウォレストだけだ。
ただでさえ、魔女とか言われているのに更に家の評判を落とすようなことをウォレストはしない。
あの子は秘密を守るだろう。
あとは私が守れば良いだけだ。
『あんた、随分無理したねぇ。だけど心配ないよ』
そう言ってアバニャーはエスティラの足に触れる。
眩い光がエスティラの足を包み込み、その心地よさに目を細めていると光が足に吸い込まれるように消えていく。
「凄い……ありがとうございます」
エスティラは椅子から降りてアバーニャの目の高さにできるだけ近づけてお礼を言う。
『お安い御用さ』
擦り剥けた踵も、指先の水ぶくれも綺麗に治っている。
「本当にありがとう!」
エスティラは足を気にすることなく歩けることを心から感謝した。
ふと顔を上げるとミシェルと二人の騎士が驚いた様子でエスティラ達を見ていた。
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