第2話
聖獣が住まう国、ヒュードラント国は遥か昔から聖獣と人間が共存してきた。
聖獣を崇め、敬い、その尊さを信仰し、時には彼らの力を借りて魔物を退け、国力を保ってきた小さな国である。
かつて聖女はある時代は聖獣と共に魔物と戦い、ある時代は愚王や愚劣な人間から聖獣を守り、聖獣達に寄り添ってきた。
今では伝説となった聖女だが、国は信託によって聖女を立てることになったらしい。
聖女は聖獣達に愛され、慈悲深く、清らかな心の持ち主が選ばれる。
というのは建前で、聖女という肩書きで家門に箔をつけたい者が神殿に金を積んで最も多くの金額を寄付した者が選ばれる。
「信託ねぇ」
エスティラの両親は八年ほど前に事故で亡くなった。
我が家は子爵家でそれも亡くなったエスティラの父の事業が功を成し、爵位を得た成金で、生前に父が手広く展開した事業と家門の実権を奪うために現れたのが叔父夫妻だ。
当時、まだ十歳でアカデミーに入ったばかりのウォレストは子爵家をまとめるのは難しく、叔父の手を取るしかなかった。
父の弟、ロマーニオを信用していたが家門の実権を握ったロマーニオが当主の如く振舞うまでに時間はかからず、ウォレストとエスティラを無視し、蔑ろにすることを咎めた執事やメイド達は辞めさせられた。
両親を失い、昔から尽くしてくれていた使用人たちを失い、エスティラは叔父夫婦に反抗すると家の中での立場は一気に悪くなった。
従姉妹のリーナはエスティラのドレスや宝石、母親の遺品まで奪い、叔母はエスティラを邸の北側の部屋へ追いやり、弟のウォレストもエスティラにきつく当たるようになった。
ウォレストはアカデミーでも特別優秀な特待生で、アカデミーを卒業後は文官として王宮勤めが決まっている。
ウォレストの優秀さは貴族の間でも有名で、そんなウォレストをロマーニオは可愛がっていた。
『姉様は僕が守るよ』
両親を亡くし、墓標の前でウォレストはそう言った。
あの可愛い弟はどこへ行ったのやら。
リーナと違い、手は出してこないが今日みたいに顔を合わせる度に嫌味や嫌がらせをされ、疲弊する日々だ。
三年前までいた婚約者は叔父によって婚約を解消され、今となってはリーナの婚約者だ。
昔は仲も良く、愛を誓った元婚約者は今のエスティラには見向きもしない。
決して好きではない勉強を死ぬほど頑張って合格したアカデミーはリーナがどこにも受からなかったからと外聞を気にして入学を取り消された。
家を体よく離れるための理由だったけど、リーナがランクの低い学校でも掠らないからって私まで学校生活を諦めなきゃならないってどういうことよ?
両親を失い、弟から見捨てられ、家での立場も婚約者も奪われ、青春も奪われ、エスティラには何も残っていない。
せめてもの腹いせにリーナが聖女に選ばれないことを強く願うしかない。
絶対に選ばれるわけないけどね。
「味方がいないことがこんなにも寂しくて辛いとは思わなかったわね」
エスティラは自室のベッドに寝転び、零れ落ちそうになる涙をぐっと堪える。
泣くな。何で私があんなやつらのために泣かなきゃならないのよ。
『そうよ、泣かないで』
『僕らはエスティラの味方だよ』
励ますような声にエスティラは顔を上げる。
「ありがとう……そうね、あなた達がいるもの。寂しくないわ」
窓辺に降り立った小鳥がエスティラを励ましてくれる。
エスティラが魔女と呼ばれるのはこれも理由の一つだ。
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