新たな始まりの予感

 明美はハイド伯爵に深々とお辞儀をした。


 ハイド伯爵からお見舞いの許可が降りなかった数日間、本当に不安な気持ちのまま過ごしていた。私の何かがハイド伯爵を不快にさせたのかと思っていた。けれど、ようやくお見舞いに来られた。


 閣下は「こちらに来なさい」とベッドの端を軽く叩いた。

「はい」と私は頷いた。


 どうしよう、と思いながら閣下のベッドに近づいた。

 フリーダが急いで椅子を置いた。そしてフリーダは閣下を叱るように軽く睨んだ。

 椅子に腰掛けると私は閣下を見つめた。閣下は目上の方だから、閣下が話すまで私は静かに口を閉ざしていた。


「息災であったか、エリザベス」と閣下は口を開いた。

「ええ。お陰様であちらでも、こちらでも快適に過ごしておりましたわ」

「風邪などは引かなかったか?」

「私は滅多に風邪などひきませぬので」


 たぶんここ6年くらい風邪をひいていない。こんなに寒いゴーディラックに居ても風邪をひかないんだから、自慢していいよね。


 ロイス様が「此度の事件に伴い、結婚式は延期となりました」と手を上げた。


 あ、そうなんだ。でも秋冬でなければ特に困ることはないよね。ドレスはどのみちオフショルダーだったから。

 すると閣下は眉間に皺を寄せられた。


「ならば招待状を再度送らねば」

「ええ。結婚式をうちうちで済ませる予定だったのが不幸中の幸いです。ですが医師の判断により今後、3週間は社交を控えていただくため、怪我については周知しなくては」

「面倒な……」


 お見舞いの人が来たりするのかな?

 何となく暇で足をぷらぷらと泳がせているとハイド伯爵と目が合った。


「エリザベス、もう少しこちらに寄りなさい」


 私は椅子をごとごととベッドに寄せた。椅子がベッドに触れるほど近づいた。

 ハイド伯爵は私の頬に触れた。スルスルと触れている、私は無意識に身を強張らせた。ハイド伯爵の眼差しはどこか険しい。ふにっとカサついた温かな唇が、私の唇に触れた。キスをされているんだろう。唇が離れた。顔が熱くなる。

 フリーダが駆け寄ろうとしたが、ロイス様がガッチリとフリーダを止めた。


 フリーダは「閣下!エルサ様は未婚の娘です!おやめください!」と声を張った。

 ハイド伯爵は「仕方がないな」と私からスッと離れた。


 頬にハイド伯爵の温かな手の感触が残っている。キュンキュンはしない。けれど胸がきゅわきゅわする。伯爵の手は掛け布団の上にぽすんとある。私は手を伸ばし伯爵の手をギュッと握った。ハイド伯爵が驚いたように私をチラリと見た。だから私は微笑んだ。

 ロイス様が微笑ましげに息を吐いた。


「閣下とエリザベス様の婚姻日程は後日、牧師が決定します。5月頃になると考えられます」


 私、この人と結婚するのか。ハイド伯爵ならいっか。初めて私を同胞として、一族としてとして数えてくれた人だから。

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