春の訪れと少女の成長
「エルサ様はまだ月のものの訪れがないとは本当でしょうか?」とフリーダは心配そうに聞いた。
私は頷いた。マーサあたりに聞いたのかな。
フリーダは私の腕に触った。
「肉付きが薄いからかしら? エルサ様はどのような食事を好まれますの?」
「揚げ物が好きです。特にじゃがいもや魚を使った」とフィッシュ&チップスを浮かべながら答えた。
フリーダは「お嬢様、裾の長さに意味があるとご存知でしょうか?」と私の足元を見た。
私は「成人しているかどうかでしょう?」とコテンと首を傾げた。
フリーダは一つ頷いてから「その通りです。また婚姻可能なお体であることも意味します」と首を振った。
婚姻可能……。ってことは生理も来ていない私は子どもが産めないから結婚できないってことかな。
「フリーダ。それなら春からは裾を少女のような丈にした方がいいのでしょうか?」
フリーダは困ったようにうーんと唸った。「ですがエルサ様は15歳でいらっしゃいますからあまりにも短いのは……。裾を少しだけ短くします?」と裾のレースを指差した。
✳︎
ピンク、黄色、水色、緑色。春っぽい色のやや薄手の布がズラリと並んでいる。でもどれが似合うのかよく分からない。
チラリとフリーダに目をやると、フリーダはニコニコと手招きをした。
「エリザベス様はこちらの色もよく似合いそうですわね」と淡いサーモンピンクの布を私の体に当てた。「まあ、よくお似合いで」
全身鏡を見ると血色がよく見え、普段は黄味が掛かった白にしか見えない肌も淡いクリーム色のように見えた。
「綺麗……」と呟いた、英語で。それからゴーディラック語で「綺麗な色ですね」と直した。
フリーダは大きく何度も頷き「えぇ、えぇ。エリザベス様は春の色がよく似合いますわね。華奢でいらっしゃるから薄手の生地もよくお似合いで」と淡い黄緑の布を渡した。
華奢、というより158cmとチビなだけだけどね。日本だとそうでもないけど、この国の人はオランダ人並みに背が高いから。父方の祖父はオランダ人の血も引いていたらしいけど……私の身長に関しては日本側の血が濃ゆいんだろうなぁ。まだ生理が来ていないから背が伸びる希望はあるけど。
淡い黄緑色もよく似合うみたい。
フリーダは「素晴らしいですわ。エリザベス様」と次の布を探し始めた。
私、今までどういう色が似合うのかなんて分からなかったけど、黄色が入っているような淡い色が似合うのかな?
ちなみに今着ているのは鮮やかな紺色のドレス。今朝のフリーダは微妙な顔をしてから、淡い黄色のショールを貸してくれた。
✳︎
春が終わるころ、閣下がいらっしゃった。
「行く春を惜しむ季節となりましたね、閣下」と裾を摘んでお辞儀をした。実に4ヶ月ぶりに閣下と会った。
閣下は「こちらの言い回しが上達したな、エリザベス。フリーダの教育の成果か?」と苦笑いをした。
久しぶりにエリザベスと呼ばれたせいでいつもよりヒヤッとしながら「いいえ、小説で覚えました」とにこりと笑った。
フリーダはよく喋るけど、こんな嫌味ったらしい言い方はしない。
閣下は「小説? フリーダからか?」と私の隣に座るフリーダに目を向けた。
「はい。こちらの小説は挨拶や礼儀までしっかりと書かれているので参考になります」
閣下は口元を抑え「知っているか? フリーダは牧師夫人だった、と。聖職者の妻とは思えない行動が多いがな」とフリーダに向かって片眉を上げて見せた。
フリーダは「あらあら」と手を頬に当てた。聖職者の奥さんって小説を勧めちゃだめなの?
それから閣下は「その衣装は瞳の色に映え、とてもよく似合っている。驚くほど若々しく見えるな」と私の足元を見た。
今着ているのはアクアマリンの原石のような色のドレス。肘から先は、長いレースのフリルが特徴。肝心な裾はくるぶしより5cmくらい高い位置にある。
若々しく見える、って子どもっぽく見えると言うことだよね。
「もう少し長くしたほうが好ましいでしょうか?」
閣下は「いや、そのままでよい」と満足そうに私を見つめ「とても似合っておる」と付け足した。
顔も体格も幼いからお似合い、ってこと?
フリーダは「私もエルサ様にはもう少しこちらに居てくださると幸いですので、もう少しだけこのままがいいですわ」と慰めてくれた。
閣下も同意するように頷き「国王陛下が其方を新年の挨拶へ招待してくださった」と告げた。
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