はずれものの恋、ユーラシアのはぐれ島で
神永 遙麦
未知のルーツと白い港町
本籍が大阪から東京に変わった。大阪はともかく東京には住んでいたことがないんだけどね。
パスポートの本籍を変更するために戸籍謄本を取得し、そこで初めて実父の名前を知った。オスカー・エアリー、10年以上前に死んだ父。
明美・E・エアリー、14歳の10月のことだった。
*
2019年12月、私はゴーディラックへ向かう船に乗り込んでいた。ゴーディラック、大きいのか小さいのかも分からない地図にも載っていない国。
やや小さめの船で船室が狭くって船酔いしそうだったから、甲板で鳥を数えることにした。
カモメがいちーわ、にーわ、さーんわ。
少しずつ水平線が朧げになり、1時間経つと白い港街のようなものが見えてきた。サントリーニ島のように白い建物が多いのかな? 行ったことないけど、サントリーニ島。
ふぅと息を吐くと客室係のお兄さんに声を掛けられた。茶髪に青い目、そばかすの散った陽気なお兄さんとしか言いようのない。ギリギリ20歳くらいに見えるけど、佇まいを見る限りもう少し上かも。
「お嬢さんは1人ですか?」
「はい。お兄さんはフランス語喋れるんですね」
「はい。この船では僕しか喋れません。ゴーディラックでも外国語を喋れるのは僕と、何とかって伯爵だけですよ」
「そうなんですかぁ」
少しだけ不安になった。ゴーディラック語は何語系なんだろう? それさえ分かれば……。
「お嬢さんは一体、どんな用事でゴーディラックに? ヴァロワール人じゃないんだろう? イギリスの外交官の娘さんとか? イギリスが我が国と国交を持つとか?」と、お兄さんは陽気に言葉を続けた。
さすがにそんな御大層な家のお嬢様ではない。母はいいところの出で、今は社長夫人だけど私には関係ない。
「父はこの国にルーツがあるみたいなんです」
「へぇ……。貴族のご令嬢ですか?」とお兄さんは笑みを深めた。波の音が静まった。お兄さんと目が合った。お兄さんの胸に名札がついているが読めない、この人は私の知らない異国の人。
「違います」と首を振った後私はカモメと目が合った。再びさざ波が響き始めた。さざ波ってこんなに響くんだ。「父も祖父もイギリス出身です。祖母はドイツ出身です」
「じゃあ王族かい」とお兄さんは歌うように聞いた。
私はコクっと頷いた。
「高祖母かな? 祖母の祖父がそちらの国王だったみたいです」私はうーんと唸った後、カツカツと爪を鳴らした。「確かヴィンス7世だった気がします」
ガヤガヤとヴァロワール国の高官たちが騒ぎ始めた。お兄さんはそちらの対応に回った。高官が1人倒れたようだ。船室、もう少し広くしてください。
父のルーツがゴーディラックにあること。
これは最近知った。父の姓名を初めて知ったことがキッカケでスコットランドの祖母に会いに行ってみた。母は何も言わず許可をくれた。
初めて会った祖母は年の割に美人だった。彫りの深浅と髪質と肌色以外は私とよく似ていた。私が年をとったらこうなるのかなと感じた。「父方の祖父と母の血はどこにいったんだろう?」と疑問に思った。その分、この人が血縁者なのだと納得がいった。
しばらく泊まっていたら、おばあちゃんが話し始めた。「おばあちゃんのお祖父さんはゴーディラックっていう国の国王だった」と。
もちろん最初はホラ話だと思った。けれど1917年生まれの曾祖母の写真やら、曾祖母が描いたと言う在りし日の高祖父母の肖像画やらを見せられた。かなり古くて身長に触らないと割れそうで怖かった。曾祖母が書いたと言うやや長めの家系図も見せられた。こちらの家系図には後年書き足された形跡があって、私の名前も載っていた。
白い港町がハッキリと見え、ドンと衝撃が響いた。港に着いたみたい。
ゴーディラック、地図にも謎に包まれた載っていない国。どんな文化を、歴史を秘めているんだろう?
周りに埋もれるようしずしずと船から降りた。初めて降り立った街はレンガ畳で、雪化粧に白く輝いている。言葉が分からないせいか入国検査で引っかかり、逮捕されてしまった。
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