第一章 驚異のビギナーその1
そいつは巨大な岩の塊を彷彿とさせるモンスターであった。
「前衛は注意をひきつけろ! その隙に弓と魔法で攻撃を!」
ひときわ立派な青い鎧をつけた騎士が指示を飛ばす。青騎士は大盾を構え、周りの騎士と共に魔物の攻撃に備えた。
街から離れた森の中で魔物と騎士達のパーティーは対峙している。木々に囲まれ、岩肌が露呈した広場の様な所に彼らはいた。一部の木々は切り倒され、地面にはいくつもの攻撃の痕跡が見られる。今まで酷く激しい戦いがここで行われていたことを物語っていた。
魔物は手に持つ禍々しい戦斧を振り回す。騎士はその攻撃を受け流すが、受けきれず吹き飛ばされてしまう者や、受けた盾や武器を破壊されてしまう者もいた。だがそれでも引き下がらず前線を守るために冒険者は立ち上がった。
彼らが前線を守っている間に、後衛の者たちの攻撃がモンスターに飛来する。しかし、ほとんど役に立たない。強力な魔力耐性の上に、体毛に矢などの刺突属性の武器を防ぐ効果が付与されていたからだ。さらにはいわゆるHPである体力が異様に多かった。少しぐらいのダメージではすぐに回復してしまう。
「マジかよ…こんなの聞いてないぜ…」
「正規軍も来てるから美味しい仕事かと思ったが…とんだ貧乏クジだぜこりゃ」
一部の冒険者は不平を口にする。しかし、魔物に相対した以上、下手に逃げれば冒険者としての信用を失うし、ギルドからのペナルティも大きい。なにより経験値の分配で酷く不利になることを知っていた。誰もが逃げ出したい気持ちを抑えて正規軍である青い鎧の騎士と共に魔物に立ち向かった。
だが、敵の戦力が強大すぎた。敵の正体はレベル55のバフォメット。ヤギのような頭を持ち、上半身は人であり、下半身は蹄をもつ獣の怪物だ。身体には赤黒い体毛が生え、ところどころ装甲のような固い皮膚が露出している。腕は大の大人の胴以上に太く、その手には巨大な戦斧が握られていた。
前衛の騎士の剣がバフォメットの皮膚を切り裂くが、お返しの一撃が重く強烈なためあまりに不平等なダメージ交換になっている。
「大丈夫だ! コチラは数がいる! 押し切れるぞ!」
と、先程指示をしていた青騎士が激を飛ばす。しかし、彼もわかっていた。コイツは強すぎた。13人いた仲間のうち5人は倒され、大半は何らかのダメージを負っていた。
(まさかここまでレベルが高いとは思っても見なかった…)
青騎士は臍を噛む。バフォメットは余裕をみせつける。一気に襲いかかって来ず、ジリジリと前線の騎士や冒険者たちを追い詰めていった。
「うあああ! もう嫌だ!」
圧力に耐えきれなかった一人の前衛の冒険者が逃げ出した。バフォメットはすぐに反応する。腰に下げていた手斧を投げ一撃で屠る。魔物は人を殺すことで経験値を得ることができた。魔物は満足そうに嫌な笑みを浮かべる。バフォメットが一気に襲って蹴散らさないのは、なるべく逃さず彼らから経験値を得ようというつもりなのだ。
「隊列を乱すな! 相手の思うつぼだぞ! 正面にだけ集中しろ!」
青騎士も魔物の意図はわかっていた。しかし、退くわけにはいかなかったのである。騎士というものあるが、ここで乱れれば戦いにすらならずに虐殺されることがわかっていたからだ。
引くにも引けず、攻めるにも攻められずただそこで耐えるしかなかったのだ。…しかしそのとき、隊列を無視して前に出るものがいた。また誰か暴発したかと思ったが、その男…いや少年はパーティーの者ではなかった。
フードをかぶった見たこともない少年である。
スタスタと恐れもなくバフォメットにその少年は近づく。バフォメットも不審に思ったのかなかなか手を出さない。何より魔物は少年のことを完全に侮っていたというのが一番大きい。なぜなら、彼はレベル1であったからだ。
「お、おい! 君! すぐに下がれ! そんなレベルじゃ殺されるだけだ!」
青騎士は叫ぶ。レベル35の彼は鑑定のスキルで少年のレベル、ステータスを見抜いていた。それはバフォメットも同じことである。魔物からすればこの相手になら何をされても怖くはない。むしろ何をするつもりか興味があった。…が。
「ぐおおおおおお!」
魔物が叫び大出血をおこした。少年が持っているダガーで数カ所傷をつけたのである。一瞬の事であった。最初はレベル1の者が何を使っても自分は傷つかない…と魔物は思っていた。しかし、少年が力を込めるでもなくササッと動かした刃先はしっかりとバフォメットの体毛を貫通し、皮膚を切り裂いていた。しかも、受けた浅い傷が勝手に裂けて大出血をおこしたのだ。
「な、なんだ? 何が起きている…」
今まで騎士や冒険者が幾ら切っても、攻撃しても大して血を流さなかった魔物が大出血をし、悶え苦しんでいるのだ。
「ぶふぉおおおおおお!」
雄叫びとともに戦斧を少年に向けて振り切る。その攻撃は素早く、騎士たちでもかわせず受けるしかないと思った…が、少年はそれが来るのがわかっていたように安々と避け、さらに攻撃を加えた。
バフォメットは攻撃を受けてはやり返すが、それらは全てあたらない。一方的に切り裂かれていく。そして、四~五回軽く切られるとそこから大きく出血するのを繰り返していた。
騎士と冒険者達はそれを呆然と見守るしかなかった。気がつけば辺りはバフォメットの血で溢れている。そして当の魔物はすっかり息も絶え絶えになっており、辛うじて戦斧を杖替わりに頼り立っているだけのようにみえた。
「どうなってるんだ…」
青騎士には理解できなかった。だが、魔物がもう死の瀬戸際にいることは間違いない。それは他の者にもわかったようで、前衛の一人がバフォメットに飛びかかる。
するとそれにつられて前衛だけでなく、後衛の者まで死にかけの魔物に群がった。
「ま、まて!」
青騎士は止めるがもう間に合わない。バフォメットの戦斧がそれらのハイエナを切り裂いてしまった。まだまだ余力があったのだ。少年はその戦斧をくぐり抜けさらに追撃を加えた。巨体から大量の血液が吹き出し、あたりを赤黒く染め、そうしてバフォメットは自らの血の海に倒れた。少年は最後の止めとばかりに喉笛を掻っ切る。強大な魔物はあっけなく事切れてしまった。
戦いは終わった。その証拠に今回、討伐に加わった者たちにそれぞれの働きに見合った経験値がその身に授かるのを皆が感じていたのだ。
青騎士は魔物の腹から魔石を取り出す少年に近づく。
「君は一体何者だ?」
「最近ギルドに登録したばかりのただのビギナーです」
死んだ魔物を捌いて魔石を取り出す手際はとても初心者には見えない。青騎士は訝しった。
「なるほど…過去を知られたくないのだな。しかし、もう戦いは終わった… フェイクのフードはもう必要あるまい。本来のレベルを教えてくれまいか」
フィエクのフードとは鑑定のスキルを騙すアイテムである。青騎士は少年のかぶっているフードがフェイクのフードだと思っているのだ。
「本当にレベルは1ですよ。ほら」
少年はギルドの指輪を示す。そこには間違いなく“1”と記されていた。この指輪はギルドに登録した者は必ず授与される身分証明のようなものだ。またその指輪は着けている本人にリンクしており、そのときレベルが正しく表示される。そしてそれは偽る事はできないようになっていた。青騎士ももっており、そこには35と表示されている。
「…一体何がどうなんているんだ?」
周りの騎士や冒険者も困惑していた。そんな中、魔石を取り出した少年は皆に向かって言う。
「そんなことよりみんなでギルドにもどって、この魔石を換金しましょう」
と、笑った。
「あ、ああ、…しかしその前に聞かせてくれ。君の名は?」
「カナタ」
少年が答えた。
城塞都市メルン。辺境ながら人口が多く栄えている。街の作りはルネサンス期のヨーロッパの都市に似ており、文明レベルもだいたいそれぐらいであった。ただ、魔法という技術が存在するため、本当の中、近世より生活レベルは高い。
冒険者ギルドに戻ると、早速、先程狩った魔物から得た経験値を使いレベルを上げる者で受付は忙しくなる。経験値は一種の魔力で、魔物を倒すと得ることができるが、それを肉体強化などに使うにはギルドの力が必要だ。
ギルドに登録し、ギルドの持つレベルアップのアーティファクトによって自らに反映させる。その時、数値化して能力を見ることができた。いわゆるステータスというやつだ。だが、これは絶対的な差にはならない。せいぜい強さの目安だ。例えるなら、握力が何キロあるとか、テストで何点とったとか、その程度のものなのだ。とはいうものの、人間そこが明確になると比較して優劣をつけたくなる。
「やっとレベル15だぜ! 筋力は…125…か。俺も随分強くなったもんだな」
「なに言ってやがる、俺はまだレベル13だが、筋力150あるぜ! 俺の方が強い上に伸びしろありそうだよな」
「ふざけるな! お前はその分、知力足りねーじゃねぇか! 総合的には俺の方が上だ!」
「なにおう!」
と、こんな会話がギルドでは日常茶飯事になっている。
「君はレベルを上げないのか? 君の今回の活躍なら一気にギルド内でも上位レベルになれるぞ」
青騎士がカナタに聞く。経験値は一連の戦闘においてどれくらい貢献したかで勝手に分配される。しかも、まるで神が見ているかのようにそれは公平に分配されのだ。それ故か、冒険者には「神に見られている」という意識が強く、卑怯なことやズルいことをしない紳士が多い。
「僕はいいです。経験値は他のことに使いたいので」
先も述べたように経験値は魔力の一種である。なので肉体や魔法力を強化する以外にも使い道がある。例えば、魔法研究のために使ったり、信仰のために神捧げたり、場合によっては普通では癒せない肉体の損傷を癒やすことにも使える。
なにやら深い事情があるようなので、青騎士はそれ以上詮索しなかった。
「そういえば君の名前は聞いたが私の紹介がまだだったな。私はローガン・フォン・マクシミリアン。王国騎士を生業にしている」
「僕はカナタ。最近このギルドで登録して冒険者になりました」
「…家名はないのか?」
「ありません…無いとおかしいですか?」
「い、いやそんなこともないが…」
ローガンからすると少年の顔つきや言葉遣いが、家名も持たない下流のものとは思えなかったので意外だったのである。もしや、名を隠さねばならない家の出かもしれないとも思った。
「それよりローガンさんはレベル上げは良いのですか?」
「ああ、別に急ぐこともない。若い頃はいの一番にアーティファクトに並んだものだがな」
と、笑った。若い頃というが、ローガンは見た所20代半ばである。まだまだ若い部類なのだがなぁ。とカナタは思った。
「おい、この魔石を持ち込んだのはあんたか?」
40代位のいかつい男がローガンに話しかけた。
「いや、私ではない。彼が魔石の持ち主だ」
魔物を倒したときドロップする魔石は最後の止めを刺した者か、戦いで一番活躍した者が所有する権利があったが、大抵はパーティーのリーダーが持ち主になる。討伐隊のリーダーであるローガンに声をかかるは当然だ。しかし、今回、討伐で一番活躍し、止めをさしたのはパーティーには加わっていないカナタであった。
男は訝しりながらもカナタを値踏みするように睨みつける。
「おいおい、ギルド内でフェイクとは感心しないな…フードを取りな」
男もカナタのレベル1を疑う。当たり前の話である。
「フェイクなんて使っていないですよ。僕はレベル1ですよ」
指輪をみせる。これには男も信用せざるえない。が、ついローガンの方を見て「マジがこれ」という顔をする。それを察したローガンも「そうだ」と軽く頷く。
「う、うん、まぁ、実はな…相談があるんだが…魔石買取に関してな…」
「石に何か問題でも?」
「いや、魔石に問題はねぇ…ただ…な、いまうちのギルドにこれを買い取るだけの現金が…ないんだ」
まぁ、そういうこともあるかとローガンはうなずく。が、カナタは「マジ?」ととても驚いた。逆に、その驚き方に二人は驚いてしまった。
こういうことは普通にあるのだ。あまりに高価なものをもってこられると、買取するにあたりそれを後々さばく手配も含めて色々と準備がかかる。
普通はそれも含めてギルドが持ち出しで買い取るのだが、カナタの持ち込んだ魔石が高価すぎて現金で渡すとなるとギルドのキャッシュフローが破綻しかねないのである。
結局、その場はカナタが了承して後日の支払いになったが、彼が即現金化できないことに未だに驚いている…というより不思議がっていることにローガンは驚いていた。
「やっぱりゲームのようにはいかないんだな…」
と、独り言をカナタは言う。耳にはいったが何のことかローガン達には見当もつかなかった。
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