まつりばやし
しおとれもん
第1話祭ばやしが後ろ髪を引く
奥北町19時。
来たときは昼間の様に明るかったのに薄暮になると、的屋が次々と40Wの裸電球をつけ始め、本格的な縁日が開催された様で子供達のボルテージもヒートアップしていた。
最後の赤い鳥居をくぐり抜け、あそこに置いてきた珠を転がす様な笑い声とタコ焼きの美味しい思い出とかが一杯口の中にはまだ祭りばやしの味が残っていて、舌をグルグルと口腔内を探したらもう一個タコ焼きが出てきそうな気がしていた。
そんな二人の帰路を惜しむ様に祭ばやしが後ろ髪を引いていた。
チラチラと留一がタイミングヲを計っていたが、右足が二人同時に出た時、口火を切った。
「美鈴は、金魚みたいだね。」今朝観た朝ドラの台詞を覚えていて、今日縁日に行ったら美鈴に言おうと決めていた。
噛まない様に、スムーズに言い終わる様に・・・。
「近くまで来たかと思うとスッと何処かへ行っちゃうし、フワフワと泳いでいるのにねえ。」出来た!
早口に為ってない。どや顔のまま美鈴の顔を観たら素知らぬ顔で真っ直ぐ前を向いて歩いている今頃の小学生が鑑に映し出されていた。
何を気取っているのだか・・・。
小鹿(こじか)美鈴(みすず)が
白けた気分で、斜交いに顔を背け光る星を観ていた。
心に残るリアクションを期待していただけに留一は屈辱を感じていた。
必殺技を繰り出したのに寸での所で交わされた気分だ。
立ち直るにはもう一度朝が来ると良いのに。ここら辺りは若々しい夜が蔓延っていて黄色い声を出す小学生はお呼びでない。
縁日の帰り道、右手に綿菓子、左手にヨーヨーをぶら下げて下げたり上げたりして歩いていた美鈴の右横に少し遅れて歩いていた鍵屋留(かぎやとめ)一(いち)がスッとくっついて来てそんな事を言っては美鈴の顔を観てニコッと微笑んでスタスタと早足で行ってしまった。
リベンジ決まった!
後は僕の余韻を残して僕が消える!
何なの留一!落ち着きがないし、子供の証拠よ。
二人で歩くなど無いわ。もう大人だしネ。
昨日ママに買って貰った赤い無地のサンダルは、近所の幼馴染達はみんな漫画の図柄がしていて子供っぽい。大人だもの私は・・・。
ノンスリーブのシャツ、デニムの短パンと赤いサンダル。これで決まりよ!
溜一が遠ざかる輪郭を観ていた。
留一のレビューが繰り返し思い出される。
「美寿々は、金魚みたいだね。ホントにそんな気がしてるよ近くまで来たかと思うとねぇ、スッと何処かへ行っちゃうしぃ、フワフワと泳いでいるのにね。」どんな企み?私はレディなのよ・・・。全く疲れる。
留一の言葉を繰り返し思い出しては項を撫で上げるが、張り詰めた綿菓子のビニール袋が美鈴の頬にペタリと張り付く。まあ良いわ。
縁日の帰り道、右横に一緒に縁日へ行っていた鍵屋留一が離れては追いつき離れては追いつきと、何回か有ってスッとくっついて来て、足元を観ながらそんな不明瞭な台詞を言っては美鈴の顔色を観てニコッと微笑んで又、スタスタと早足で行ってしまった。
落ち着きなさいよ。
一緒に来たのに・・・、子供は早く帰らなければね。バイバイ留一。
「どちらかが金魚よね。」足早に遠ざかる留一を眺めながら夜空と薄暮の間を眺めてマサに星降る街角だわ・・・。
留一の輪郭が夜空に溶け込んだ刹那。
大人ぶってそんな事を思った。
背後からカラカラと小さな下駄の音が近づきピタリと美寿々の右横で止まった。
観るとぶら下げたヨーヨーに食い入る様に見詰めていた。おかっぱ頭?
「珍しいのね、ヨーヨー?」うんと小さなおかっぱ頭が美鈴を観た。
瞳が愛くるしく黒くて円らだ。
「アッ!金魚の浴衣。」可愛いねと自然と口に出た。
しかしお河童は、何も言わずに前を向いてカラカラと音を立てながら家路を急いでいた。 金魚の絵が可愛いねと、言おうとしていたのにポツンと独り残された想いにハァーっと、大人ぶって天を仰いだらキラキラと星が瞬くのが見えた。
「そっか、あー。もう夜だものね。子供は帰らなきゃねえ。」と、お姉さんぶってみたものの、もうスッカリ辺りは夜の帷が下りていた。
「子供だから帰らなきゃ。道路の舗装工事をしていたのか、マンホールが均等に敷かれた砕石から頭を出していたのを一気に飛び越えようとした。
トン!ズデン!
右膝が砕石に埋まり綿菓子とヨーヨーが転がって、側溝に落ちるのが見えた。
パンパンに張り詰めた綿菓子の袋が破れて破れた処から弾みで綿菓子がはみ出て2時間前に降った夕立が砕石の間に水溜まりを残していたその水溜まりに綿菓子が嵌まり完全に砂糖水と為っていて、飲んだら甘そうかもと、立ち上がりながら過っていたが、蚊に喰われた跡が赤くめだちその横の膝頭に倒れた時に擦りむいた膝が砕石の形に凹んで、流血していた濃厚な血液が、3本の竜と為り脛骨を通り足首まで到達していた。
白いソックスは流れた血が滲んで斑の紅白模様に為っていた。
「うう、わあ~ン!」大粒の涙が、頬を伝い襟首まで濡らしていた。
ヨーヨーと綿菓子を同時に無くしたのが、美鈴の大人ぶりを支えていた様で家に帰ったら綿菓子を食べながらヨーヨーで遊ぶ夢をいっぺんに取り上げられた気分で、そこはかとなく切ない気持ちだった。残ったのは、先程まで美鈴の心を高揚させていた綿菓子が巻き付いた割りばしの片割れと、破れて空気が逃げて萎れたビニール袋だけだったが、っもう自分が惨めで小学校のガキ大将に校庭のど真ん中で引きずり回されて土だらけになったスカートの様にパンパンとデニムの短パンの尻を叩いて埃を落としていた。
遠くから祭ばやしが聴こえて来てあの音を全身で受けていて楽しかった時間は、帰って来ずあんなに楽しくて仕方が無かったのにこんなイヤな思いをするなんて思いもしなかったし、あの頃が懐かしいと美鈴は涙を浮かべながら小さな胸を傷めて帰路に就いた。
そんな天国と地獄の様な経験をしながら心構えを持ちちょっとやそっとの出来事ぐらいは自分で対処出来るように成長していた。
第2章「おかっぱ頭の娘」
鍵弥留一は子供のまんまあの世へ行った。
実はあの時走り去った留一の向こうを観ながらトン!と、跳んだ刹那、一瞬の閃光が美鈴の周辺に昼の様に明るく為って直ぐまた夜の緞帳が下りた。
地べたに這いつくばり閃光の恐怖に暫らく立てなかった。
衝撃波が木造の戸建てをなぎ倒して行った。
50トンの不発弾が衝撃を受けた弾みでクラッシュしたのだという臨時ニュースが、各TV局は、挙って夜明け近くまで流して居たのが偶々、中東戦争の煽りを受けてオイルショックが日本中を席巻していた時代にアメリカ式の不発弾が爆発した事で、太平洋戦争の悪夢が突然再発して日本に平和が戻ったと思っていた戦争経験者は、不安な眼差しを国会議事堂に向けるのだった。
時に佐藤栄作内閣総理大臣が国会会期中に唱えた「非核三原則」が、走りだした時の事件だっただけにインパクトは強く放映されていた東映の映画「ゴジラ」は連日超満員続きで放映は終えていた。
太平洋戦争の名残が今頃に為って無辜の民を苦しめた殺傷原因は、道路工事のインフラ整備によるアスファルト3層工事に因るものだった。
アスファルトの3層工事とは、路床工事により土等を原地盤に敷きローラーで転圧する。次に下層路盤に鉄リンクラッシャー等を転圧。上層路盤に砕石、セメント、石灰等々アスファルト安定処理を施し基盤のアスファルト混合物を転圧処理。
最後に表層施工、アスファルト混合物を敷き均しローラー転圧をして終わりなのだが、第一段階で、路盤を採掘時にアメリカ式の50トン不発弾の信管が工事の振動に反応して、作動したものとされていた。
決まった!と思い自宅に着いたところで留一が災難に遭い短過ぎる小さな人生を終えた留一が哀れで堪らなかった美鈴は、
片時も留一致の走り去って行く間際のニコニコ顔を忘れられなかったし、子供のままで他界した留一が可哀そうで、8月の盆の折には、実家の墓参りに近くに有る鍵屋家の墓参りを欠かした事が無かった。
R428を南下して途中新神戸トンネルへリンク出来る交差点が有りそこを右折すると
山田霊園に通じる枝道が有り道なりに進むと「山田霊園左」と書いた看板が目立つ。
指示通り左折して道なりに突き進むと坂道の上がった半分ほどに霊園の門扉が有り駐車場まで車で行くことが出来る。車を降りてそこそこに小鹿家の墓地が有る。墓石の裏側に小鹿家、面々の名前が彫ってあるのを確認してから献花の花の水を入れ替え水入れに新しい水を入れるそれから当家の敷地内の雑草を狩り綺麗にならしてから和蝋燭に点火して、選考に火を点ける。40分程度で蝋燭の火は消えるので、消えたら墓参は終わりである。ひょいっと腰を上げた拍子に何年か前に観たおかっぱ頭の女の子が隣に来て円らな瞳がこちらを観上げていた。
「白地に赤や黒の琉金が綺麗だね。名前は何て言うの?」
縁日の帰りに言えなかった聴くべき事を全部聴いた。
「刹那(せつな)碧(みどり)。みどりはこんぺきの碧よ?」
碧の名前を聞いた時、珍しい名前だと感じた。
「コケる刹那、ヨーヨーが無くなる刹那。」
「爆発の刹那、死ぬ刹那お姉ちゃんに逢ったネ?」
それを聴いて背中がゾゾッとした。
衝撃波が来た時、美鈴がうつ伏せで倒れていたから美鈴の後頭部の高さスレスレに衝撃波がマッハで通り過ぎ、美鈴の背後の木造戸建てが数件、倒壊した。勿論まつりばやしで賑わっていた神社も全壊して祭りに参加していた無辜の民も全員即死だった。
それ故に鍵屋家の墓参に来ている。
つくつうくぼうしが頭上で鳴いていた。
「お姉ちゃんが私と逢った刹那何か有る。」
ミンミンゼミも鳴きだした。
もう9月だというのに日照強度が衰えないばかりか日を追うごとに徐々に強まっていた。
美鈴が8歳の時に不発弾の事故で留一が亡くなってから13年の月日が経っていた。
が、未だに留一が言い残した「金魚みたい。」が鼓膜の裏にへばりついていた。
何人か彼氏が出来たが、どこかで留一の面影を探していて、萌える様な恋に発展しなかった。
その不調を美鈴は不調とは思わず自然体で接していた。しかし、男性に心を開く事は無く僅か半年や1年そこらで別れが来ていた。
それにしても田植えが始まる頃の権現神社の夏祭りが、「奥北町の不発弾誤爆事件」を
町民全員が思い出し、今の政府にセンゴレジームの不徹底と、地位協定の周知徹底を訴状として町長自ら内閣総理大臣に手渡ししたにも関わらず、新年度に為っても国会の総理は相変わらず居眠りばかりを繰り返し、厚労省に問い合わせしても、「善処します。」とオウムの様にカスカスに為った単語を繰り返す。
一対この鳥は役所の職場に居るのに全然仕事が捗って居ないに等しいと、「不発弾被害者」の小鹿家と鍵屋家の寄り合いの席で、辛口の日本酒を飲んでは勇ましく「遣ってやる!国会に殴り込みだ!」と、一端の極道並みの雄叫びを上げる癖に朝起きたら「頭がガンガンする美鈴、水を汲んで来て?」と、意気消沈してしまう兄貴は、「だから言わんことじゃ無い。」正面切ってギラギラした眼で睨んで、凄みを利かせて「エエ恰好言いやがって、どうせ寄り合いなんて酒飲みたい奴が集るのだろうが!」そんなもの最初から集まるな!と怒鳴ってやるのだが、一向に効き目が無い。
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