人権剥奪
佐々井 サイジ
第1話
内海陽介は背中に痛みが爆発し、いつの間にか目の前に床があった。鈍い痛みがじわりと背中から広がっていく。振り向くと、つい三日前まで可愛がっていた入社二年目の添田幸喜が口の端を持ち上げ、見下ろしていた。その目は明らかに侮蔑を含んでいた。
「おい、お前なんで蹴りやがったっ」
「うるせえな、会社クビになったお前に文句言われる筋合いはねえよ。そもそも人権剥奪された奴が偉そうな口を利くんじゃねえぞ」
添田はもう一度腹に爪先をねじ込んできた。衝撃で嘔吐してしまった。
「きたねえな」
添田は唾を洋介に吐きつけた。
「添田くん、職場でしつけは止めときなさい。汚くなるだろ。せめて外に連れて行きなさい」
奥田が部長席に座りながら添田に注意した。その席はつい三日前まで陽介が座っていた席だった。
「申し訳ございません」
今まで見せていた態度とは裏腹に、頭を下げて謝っている。
「内海、荷物まとめたらさっさと会社から出てけ。人間でもねえやつに退職金なんか出ねえからな」
「奥田よ、部長になってからすぐに偉そうになりやがって。肩書だけに左右されるヤツに従えるわけねえだろ」
奥田はにやにやと笑っている。途端、両脇を掴まれて無理やり立たされた。体格の大きな二人の警備員に囲まれていた。内海は抗うも警備員はびくともせず、一階まで連れていき、会社の外に出ると乱暴に放り出した。
「今後、会社に入るとすぐに警察へ通報する。人権を失ったお前が次に過ちを犯せばどうなるかわかるな」
警備員は荷物の入った段ボールを内海の前に投げて、建物の中に入っていった。
三日前、内海はインターネット上で著名人に対して誹謗中傷をしたことで刑事罰を受けることになった。その件がきっかけで他にも三十二名に対して誹謗中傷していたことが発覚した。
一年前、再犯率の高さが一向に改善されない政府は、更正の余地がない人間の人権を停止する憲法改正を動議した。当初、テレビや新聞では人権剥奪などありえないという論調が圧倒的多数を占めていたが、ネットニュースでは異なる意見だった。再犯者が再び重罪を犯す状況が改善されないことに人々の怒りが頂点に達していることもあり、不可能と思われた憲法改正が実現したのだった。内海は刑事罰を受けたのは憲法改正の翌日だった。こうして内海は生まれつき与えられていた人権をはく奪されてしまった。
誹謗中傷した件数が少なければ、内海の人権は保持されて、刑事罰も罰金刑で済んだことだろう。だが、内海は極めて悪質だった。すっかり愛情の冷めた妻に冷たくされ、高校生の娘にも無視されている日々にストレスが溜まり人々を攻撃していた。その事情はくみ取ってくれず、一発で人権が失効された。
裁判を終えた内海はすぐに刑務官に連れていかれ、目を塞がれ手足を縛られた。額に猛烈な痛みを感じる。処置が終わり、目の前で鏡を見せられた内海は悲鳴を上げた。額には「
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