第12話 旅立ち

 リヒテルが技能習得スキルエンゲージ技能スキル【ブラックスミス】を習得した翌日。

 リヒテルは市役所の窓口に両親と共に訪れていた。

 技能スキル発現に伴う職業訂正の申請にだ。


 各書類はそれほど多くは無く、小一時間ほどで処理は終わった。

 そしてリヒテルの手には、一通の手紙が握られていた。


 〝技能スキル発現に伴う職業変更届受理証〟


 ついにリヒテルは、例外の切符を手に入れたのだ。

 これで念願の狩猟者ハンターになれると思うと、いてもたってもいられなかった。

 喜びが爆発し、今にも飛び出さんばかりだ。

 さすがのリヒテルの行動が目に余ったのか、父親から注意を受けることとなった。


「リヒテル。その資格を得たから終わりじゃないんだ。お前はこれまでの遅れを取り戻すためにも、頑張らなくてはいけない事がたくさんあるんだから。浮かれてばかりはいられないぞ?」

「はい!!」


 リヒテルのテンションはMAXまで上り詰めており、父親の話があまり頭に入っては来ていないようだった。

 これには母親も諦めた表情を浮かべて、父親と目を合わせ大きなため息をついていたのだった。



 それからリヒテルたちは次の目的地である狩猟者連合協同組合ハンターギルドへ向かっていた。

 狩猟者ハンターの登録申請を行うためだ。

 市役所ではあくまで職業認定の書類を作成したに過ぎないのだ。

 いつも入っている入り口を改めて入るリヒテル。

 その瞳には涙があふれていた。

 いつもいつも眺めていた憧れのカウンター。

 いつもならすぐに左手に曲がり、酒場兼食堂の事務所へと向かっていた。

 その度に、憧れを抱き、自身の技能スキルを嘆き悲しんでいた。

 しかし今は違う。

 リヒテルはその足を一歩踏み出した。

 狩猟者連合協同組合ハンターギルドのカウンターへと。


「あれ?リヒテルさん?今日はこっちに用事なんですね?」


 リヒテルに声をかけたのは、ここの受付担当を取り仕切る主任責任者のキャロル・幸田だった。


「キャロルさんこんにちは。そうですね、今日はこっちに用事できました。」


 そう言うとリヒテルは、カウンターに一枚の用紙を差し出した。

 その用紙をまじまじと眺めると、キャロルは涙していた。

 キャロルもまた、リヒテルがこのために努力を重ねていた事を知っていたからだ。


「リヒテルさん……おめでとうございます。そしてようこそ狩猟者連合協同組合ハンターギルドへ!!」


 涙を讃えた瞳と、満面の笑顔でリヒテルを向かい入れるキャロル。

 リヒテルもまたつられて涙を流していた。


 その様子を見ていた両親は、リヒテルがいかに愛されているのか改めて感じ取っていたのだった。


「そうだリヒテルさん。組合長ギルドマスターを呼んできますね!!」


 そう言うと慌てて席を立ったキャロルは、一目散に事務室へ入っていた。

 中からガタガタドカンと激しい音が聞こえてきたこともあり、どれだけ慌てているかが伺い知れた。


 しばらくすると、一人の青年が事務室から顔を出してきた。

 リヒテルも見知っている人物……そう、マルコだ。


「おめでとうリヒテル君!!」


 マルコもまた、リヒテルを応援していた一人だ。

 リヒテルの技能スキルはいまだ謎に包まれており、その技能スキルに一縷の望みをかけていたのだ。

 しかし、リヒテルが別の方法で狩猟者ハンターの資格を得たことを驚いていた。

 それでもなお、リヒテルが夢を叶えた事がとても嬉しかった様だ。


「ありがとうございますマルコさん。やっとスタートに立てました。」


 そう言うとリヒテルは、マルコに向かって深々と頭を下げていたのだった。

 マルコはそんなリヒテルの手を取り、改めて挨拶を行った。


「ようこそリヒテル君。私がこの狩猟者連合協同組合ハンターギルド組合長ギルドマスター、マルコ・藤波です。組合長ギルドマスターとして君を歓迎します。」


 そしてマルコはリヒテルの手を放すと、リヒテルの両親に向き直り改めて頭を下げていた。


「蒔苗さん。改めてリヒテル君をお預かりします。蒔苗さんにはいつもお世話になっていますから分かっているとは思いますが……大成するかしないかはリヒテル君次第です。ですが、我々も彼のサポートを万全に行ってまいります。ですので、今一度リヒテル君を信じてあげてください。」

組合長ギルドマスター……それはこちらのセリフです。リヒテルをお願いします。俺は2流の狩猟者ハンターで終わりそうですが、こいつは違います。おそらく俺を超えていくでしょう。だからこそ、こいつに厳しく当たってください。この先何があっても折れず、曲がらず、まっすぐに突き進めるように。」


 リヒテルの父親はマルコに視線を合わせると、強くその手を握りしめた。

 マルコもそれに応えるように強く握り返した。

 リヒテルはその様子に、いかに自分が周りに愛されているのかを再認識していたのだった。


 一通り挨拶を終えた両親は、リヒテルを狩猟者連合協同組合ハンターギルドに残し、帰宅していった。

 それを見送ったリヒテルとマルコは、改めて挨拶を交わす。


「リヒテル君。改めておめでとう。そしていらっしゃい。」

「マルコさん、よろしくお願いします。」


 リヒテルはマルコに軽く会釈をすると、その頭をマルコはぐりぐりと撫でまわした。

 照れ隠しともとれる行動にリヒテルは少しだけ嬉しく思っていた。


「それじゃあまずは訓練場に行こうか。リヒテル君の実力を知りたいからね。」

「はい!!」


 マルコからの提案に、リヒテルは期待で胸いっぱいだった。

 今から行く場所は、狩猟者ハンターでなければ入ることが出来ない場所だからだ。


 狩猟者連合協同組合ハンターギルドの裏手には、いくつもの訓練施設が併設されていた。

 スキルを試すために建てられた施設で、至る所から激しい音が聞こえてくる。


 マルコに案内されて向かった先には、一つの闘技場のような場所だった。

 石造りの闘技場で、周囲には何か光の壁の様な物が設置されていた。


「驚いたかい?ここは昇格試験専用の闘技場だよ。新人のチェックから、ベテランの昇格試験まですべてここで行われるんだ。」

「……」


 リヒテルは既に気おされていた。

 闘技場から流れ出る闘気に、足を進める事が出来ないでいるのだ。


「おや?なんだか嬉しそうだね。」


 マルコはその闘気の持ち主が分かっているようで、少しだけ微笑んでいるが、どこか困惑した色も見受けられた。

 そんなマルコを見る事すら出来ずに、リヒテルは空気に飲まれていったのだった。


 何とか中に入ると、闘技場の中央で一人の男性が待ち構えていた。

 年は30を過ぎたくらいで、見た目はリヒテルの父親とあまり変わらない感じだ。

 強いて言えば、その背中には大きな大剣を背負っているという事だろうか。

 体つきは筋骨隆々。

 身長もそれほど高いわけではない。

 だが、そこから溢れ出る闘気のせいもあり、リヒテルには何倍にも大きく膨らんで見えていた。


 リヒテルの足は一歩踏み出すごとに震えを増していく。

 緊張からなのか……恐怖からなのか……


 その様子にその男性は一つため息をついていた。


組合長ギルドマスター……、こいつが蒔苗さんの?」

「そうだね。」


 もう一度男性はリヒテルを睨み付けると、興味を失ったかのようにマルコに向き直っていた。


「これくらいでヘタレるようだったら見込みないぞ?」

「ん?なら大丈夫。リヒテル君、彼が君の試験官だ。君はいったいこれまで何のために努力してきたんだい?」


 マルコの言葉がリヒテルに刺さる。

 リヒテルの魂に火が灯った瞬間だった。

 パチパチと爆ぜるに様に強くなるリヒテルの闘気に、その男性はニヤリと笑みを浮かべていた。


組合長ギルドマスター、訂正だ。こいつは面白いぞ。」


 そう言うと男性はおもむろに背にした大剣を抜き、構えもせず切っ先をリヒテルに向けた。


「俺はガルラ・グリゴール。さあ、試験を始めるぞ!!」


 ガルラがそう宣言すると、その闘気はさらに厚みを増して大きな壁に変わっていった。

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