第52話 元は白い部屋で今は酷い部屋で

 元々は白い装飾で統一された部屋だったこの部屋。


 今はリントの肖像画で埋め尽くされている。

 妾の恋の結晶であり、妾の内心の象徴なのだ。

 限られた人間以外入る事のない妾の私室。


 いつもなら落ち着くはずのこの部屋にいても、尚、このたぎりはおさまらない。


「なぜじゃなぜじゃなぜなのじゃ!!!」

 壁に隙間なくかけられているリントの姿に問いかける。

 言葉を発すれば発するだけ、身体中を熱が駆け巡る。

 言葉が熱を生み、熱が言葉を生む。

 リントの肖像画は何も答えてくれない。いつもなら妾に優しい言葉をかけてくれるのに!

 そうやってこの身体の熱を冷ましていたのに。

 今日はそれが出来ない。してくれない。


 この身体を駆け巡りほとばしる熱。

 恋の熱と自覚したコレ。

 わかってしまえば、肖像画に語りかけるとかなんとか色々な方法で、ある程度コントロールは利いたし、なんなら適度に心地よく感じられるようになっていたというのに。


 しかし、今日の熱は少し違う。


 まったく心地よくない。憤りや疑問や愁嘆やそれ以外の妾の知らない感情が混ざって溶けて熱になって。

 まるでドロドロとした毒のような熱だ。

 その熱が脳を蝕んで、悪い考えばかりが浮かんでは消えていく。


 ハニ……リントとあの女が二人で仲良く寄り添っている姿。

 二人で街中を歩く姿。

 ともにダンジョンに挑み、背中を預けている姿。


 全部全部! 妾がリントとやろうと思っていた事じゃ!

 想像の中で何度何度! 妾がリントとそれをしたと思っておる! それを現実に、現実にできると思った、思ったのに! すでに、すでに、あの女ああああ!


「いやじゃああああああああ!!!」

 感情は言葉となって溢れて、言葉が感情を増幅させる。

 ベッドに飛び込んで枕に顔を埋める。

 これがリントの顔だったら、今頃全ての部分を、眼球の裏までも舐め清めていたというのに。

 それは叶わん。

 枕から顔を上げると、数百人のリントに見つめられている。


 ああ。


 冷静だった妾はどこへ行ったのだ。


 妾は生まれた時から、自分を国の奴隷だと考えて生きていた。

 だから国を食い物にしようとしている貴族や、それを推奨しているフシのある王族も、家族ではあるが許せなかった。だからそれらを徹底的に排除して、国の利益になるように常に冷静に考えてきた。


 だから父である王を投獄し、兄である王太子を他国の王族へ婿にだした。

 そうやって女王になり、それから貴族の力を削いで、税を国が発展する事にだけ使用できるように改善した。

 それら一つ一つに、妾の一挙一動に、国は喜んだ。赤子が喜んで笑うように成長した。そしてそれは報告されてくる数字に顕著に見える。


 それが妾の唯一の喜びだった。


 でもリントを知ってから。

 リントへの恋を知ってから。

 国の成長がそれほど喜べなくなった。

 いや、嬉しいのは間違いない。

 だけど、心が求めているのは違うというのだ。


 だから、冒険者ギルドに命じてリントを探させた。


 それでやっと今日、リントが王城にやってきて、妾の心が全て満たされると思ったのに。

 あの男はこともあろうに結婚などしていた。

 女は実に男に受けそうな汚らわしい淫らな体の女だった。妾にはない双丘をこれみよがしに見せびらかして、あまつさえリントと椅子を半分個にして座っていた。

 SiriとSiriを触れ合わせるなんて、触れ合うなんて、あーーー! はしたない!!!


 結婚という言葉を聞いてからは、仲睦まじいその姿を見てからの事は、よく覚えていない。


 多分、脳の防御機能で記憶を混濁させられている。


 投獄した事だけはわかっている。

 これからどうしようかというのもわかっていないけど勢いでやった。あのまま帰していたら二度と会えない気がした。

 会えなくなるくらいなら閉じ込める。

 逃げようとするならぁ……うむ。


「おひいさまあ、勢いで投獄したのはわかるんですけど、こっからどうするんですか?」

 ここまでベッド脇の椅子に、無言で座っていた侍女が口を開いた。

 激昂している妾を、あくびまじりに眺めている。なんというか、物怖じしない女だ。

 だが、妾にとってそれが存外心地よかった。だからそれを許している。何せこの女には恩がある。この感情を恋と定義した女だ。この女は妾の知らなかった恋に詳しい。

 恋愛アドバイザアとして傍に置く事にしたのだ。


「これから、か? ……わからん、どうしたら良いのじゃ?」

 妾に恋はわからん。

「まあわかってないのはわかってて聞いたんですけどねえ」

 なら聞かぬがいい。

 どうせ毒にやられたこの脳では権謀術数しか浮かばないのだ。

 リントを脅す。女を殺す。牢で飼い殺す。薬につける。

 手札だけなら多く持っている。

「のう、サターニア、妾はどうしたら良いのじゃ?」

 教えてくれ、アドバイザア。


 妾に問われたサターニアは、顎に手をあてて考える。

 この女、そんな仕草がとても男に好かれそうに見える。この容姿ならばきっと恋愛アドバイザアなぞお手のものだろうな、と見るだけでわかる。

 そもそも、なぜ侍女服を身に纏ってそこまでボディラインが出るのか妾にはそれもわからぬ。


「どう、ってねえ? 権力者が男をかこう方法なんて山とありますがねえ、どんなが良いですう?」

「サターニアのおすすめでいい。妾の頭に浮かぶ考えは毒に満ちている」

 普通を教えてくれ。

「おー、いいんじゃないっすか? 権力者の恋に毒は憑き物っすよ?」

 と思ったら肯定されてしまった。

 なんだか語感がおかしい気がするが?

 本当に妾の頭の中がわかっているのか? 聞いてみるか?

「……リントを脅す」

「おお、いいと思うっすよ! あのリントってのは家と断絶してるらしいっすから、妻の方を人質にとって脅すのがいいんじゃないっすかね?」

「ふむ、サターニアも良いと思うか。そうか、そうじゃな、では明日あたりにリントを『女王の紅い喫茶室クィーンクリムゾン』に呼び出し、説得きょうはくをするとしよう!」

「賛成っすよ! これぞ人間の恋って感じがするっす!」

 何を言っておるのじゃ。お前も人間であろうに。


 まあ、良い。

 そうだな。

 権力者の恋とは修羅の道か。


 これより妾、修羅ヤンデレの道に入る。


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