第21話 前途多難なバトル指南だ

 刮目して見るがよい!

 僕の反省を!


 そんなワケで僕は反省を示すために地面にペローンと伸びている。


 えっとお。

 何の反省かといえば、まあ、人間に化けたままでラクーン808やおやに帰還して、弟であるリキマルをコテンパンにし、なおかつ群れの頭目であるおやじを心底ビビらせた罪を、反省している。うん。文字にするととても悪い事をしているなあ。もっと反省しよう。ペローン。


 そんな僕をみておやじはなぜか怒鳴ってくる。


「リントぉ! 反省したふりはもうせんでええ!」

「ええー? フリじゃあないよう。僕は心から反省しているんだよう、おやじい」

「嘘つけえ、絶対に二度やることは三度やるつもりじゃろうがあ」

 信用がないよう。まあ、仕方ないかあ。僕の行動によって、ラクーン808の防衛体制がザルである事を思いきり露見したからねえ。普通なら大騒ぎだよう。それでもそこまで大騒ぎになってないのは、お気楽な狸どもだからだろうねえ。


「うーん、本当に反省したんだよう」

「わかったわかったあ。反省したのはわかったから、さっさと普通に戻るのじゃあ」

「もーしょうがないなあ戻るよう」

 お日様の当たった下草が気持ちよかったのになあ。しぶしぶ。

「何で反省した側が渋々なんじゃ、まったく……」

 おやじが何だかぶつくさ言っているが、何と言われても、僕は反省したのだあ。


 ところでさ。


「そういえばリキマルは、いつの間に化け狸になってたのう?」

 僕はさっきから隣に無言で座っているリキマルに問いかける。

 あぐらをかいて座っている。これは普通の狸には出来ない、立派な化け狸の座り方だ。

 いつの間に。

 そう、これはおやじのお説教などより重要な事だ。

 気づいたら弟が化け狸になっていた。

 大事だ。

 キンタが大っきくなっちゃうよ? それでもいいのう? キンタの一大事。


 問われたリキマルは下を向いて答える。


「……アニキが鳳になってここに飛び降りた頃だな」

 結構前だね。

 でもさ。

「何でなったの? あんなに嫌がってたじゃない」

 キンタ大きくなったらモテないよ?

「あの姿のアニキを見てさ……」

「うん」

「俺も強くなりてえって思っちまったんだ」

 照れた様子でボソリというリキマル。

 あらま。なんて可愛い弟。なんて可愛い。お兄ちゃんに憧れて、キンタが大っきくなるリスクを許容して、それでも強くなりたいと願うなんて! 狸らしくないけど、可愛い弟!


「ほ、ほーん。お兄ちゃんみたいに強くなりたかった……ねえ?」

 思わずニヤけてしまう。

 うふふう。ちなみに隣のおやじは悔しそうに苦虫噛み潰してるよう。間違って食べると苦いよねえ。苦虫。


「だけどよう……」

 リキマルがくちごもっている。

 おう?

「どうしたん?」

「それでもアニキに負けちまった」

「確かにい」

「なあ、どうしたらアニキみたいに強くなれる? これでもさ、狼に変化できるようになって、自分でも強くなったと思うんだ。身体能力も狼のソレになったしさ。狼姿の仲間も作った。あいつらは見た目だけの狼だけどさ。牽制はできるし、森の中で集団なら熊だって狩れるようになったんだぜ?」

 なるほど。集団の割にはリキマルしか攻撃してこなかったのはそういう理由か。

 リキマルが、僕くらいに強くなる方法かあ。

 うーん。

「それなあ……」

 聞きたいのかな?

「理由がわかるのか、アニキ?」

「うん、わかるよう。わけるけどさ、ちょっと厳しい話になっちゃうよう? 努力がいるよう?」

 狸らしくない話になっちゃうよう?

 もっと狸は狸らしくしてて良いんだよう? 子供の頃から狩りとか簡単な忍術とか教えちゃったのが良くなかったのかなあ?


「いいよ! 教えてくれよ! 俺は頑張りてえんだ」

 なんと狸らしからぬ! でもまあ。本人がそういうならねえ。

「そう? じゃあ言うねえ。まずねえ、リキマルは狼の身体能力に頼りすぎだよう」

「だめ、なのか?」

「うん、ダメだよう。そりゃあ森の獣程度なら狼のスピードや牙や爪があればそれだけで勝てるよう? でも技術のある相手は違う。あんな直線的な動きじゃあ、簡単に見切られちゃうよ。そもそも陸上の獣が初手で飛びかかったらダメでしょう。飛ぶなら避けられた後の対応も込みで考えないとダメだよう。この辺は昔から口すっぱく言ってあるだろう? リキマルは狼に変化できる事によってそれを忘れているように見えるよ?」

 ああ、僕も僕とて、狸らしからぬ本気アドバイスをしてしまった。

 言われたリキマルも思ったよりも真面目な指摘があって面食らっているようだが、すぐにそれを飲み込むように表情を変えた。


「そ、っか……俺は狼の動きができるようになって、アニキの教えを忘れていたのか……」

「そだねえ。基礎ってのは汎用だからどんなに身体能力が変わっても覚えておかなきゃダメだよう」

「おう、ありがとうな、アニキ。今度こそ忘れないようにする」

「うん。そしたら強くなるよう」

 兄弟でにっこりと笑い合う。

 こいつも良い弟だなあ。

 今世はほんとに良い家族を持てた。前世のヤツらにおやじの玉の裏の垢でも煎じて飲ませてやりたいよう。


 そんなおやじは隣でむくれている。


「お前らあ、頭目である俺を置き去りにするんじゃねえ」

「あ、おやじ。忘れてたあ」

「こいつ、やっぱり反省しとらんのじゃあ」

「むふふ、うそうそ」

 反省しているのよう?

「それにしてもリントといいリキマルといい、何で変化した対象の動きができるんじゃあ? 先代も先々代もそんな事は出来んかったのじゃがなあ?」

「そうそう、それ! そこをおやじに聞きたかったんだよねえ。何で僕は鳳になって空を飛べたり、魔法やスキルを使えるようになってるのう?」

「わからんのう。そんな事ができたのは始祖狸、シャドウゴッド様だけだと聞いているがなあ」

 おーい、わからんのかい。もーおやじに聞けば何かわかるかと思ったのになあ。

 がっかり。

 あからさまにそんな顔をした僕にリキマルが問いかけてくる。


「アニキは魔法やスキルまで使えるのか?」

「うん、使えるようになったねえ。リキマルは使えないのう?」

「おう、俺は身体能力だけだな……」

 そういったリキマルは少し悔しそうな顔をする。悔しいのかい? 男の子だねえ。

 それにしてもそうかあ。魔法やスキルは使えないのかあ。

「何じゃあ、自慢かお前ら? 俺なんて変化するだけじゃぞう?」

 おう。

 それは気の毒に。

 でもまあ、それはそれ、これはこれ。情報源にもならないおやじはほっておいて。

「うーん、じゃあこの件は先祖返り的な感じで考えとけば良いかなあ? 使えるもんは使えるし、便利なもんは便利だしねえ。貰えるもんは貰っとこうねえ」

「なんじゃあ、急に狸的な結論にしおってえ」

 しょーがないじゃない。

 狸なんですもの。

 さて。

「じゃあ、僕はママンのとこに行って、ただいまをしてくるよう」

「おう、そうじゃな。今回もリントの事を心配しとったから顔を見せてこい」

「うん、いってきまーす」

 そう言って、僕は席を立ち、ママンの元へと向かった。


 ◇


 僕はママンの香りに包まれている。


 ああ。

 何という極楽であろうか。

 ママンの匂いチェックをおえて、頭からお腹からぺろぺろしてもらってから、のびーんとなった状態のお日様の光。ママンの顔の重みを首筋に感じながらだらーんとする。これぞ幸せえ。今日はさっきまでおやじと一緒にいたリキマルものびーんと伸びてママンのお腹にあごを乗せている。


「ママン、ただいま」

 約束の言葉。

 この言葉で日常が帰ってくる。

「おかえりなさい、リント」

 言葉と一緒に耳がペロンと舐められた。

 うん、これこれえ。

「ただいまあ」

 帰ってきたなあ。

「リント、今回は人間に変化できるようになったんですって?」

「うん。これで人間の世界を観察しに行く事ができるよう」

 なんか変な人間の遺言ももらっちゃったしなあ。ああ自分の性分が憎い。めんどくさいなあ。

 まああれがなくても、どのみち人間の世界に関しては調べなきゃと思ってたからねえ。そのために変化の対象をもらったんだし。


 僕の言葉に、首筋にあるママンの顔がピクリと動くのを感じた。


「あら、人間の世界になんて行くの?」

 ママンは驚いた口調。

 行って欲しくなさそうだ。

「うん」

 でも僕は行く。行くと決めた。

「危ないわよう?」

 ブルリとママンの鼻が鳴る。怖い目にあった事があるのだろうか。

「わかってるよ、ママン。……でもさ、最近の人間の行動はおかしいよ。おやじの友達のダークさんも人間に殺されているしさ。ちょっと見てみたいんだ」

「ダークさん……うん、そう、そうね。リントがそう考えているならお母さんは止めないわあ。気をつけて行ってらっしゃい」

 いつだってママンは僕を否定しない。

「ありがとう、ママン」

「でもね、リント。一つだけ聞いてちょうだい」

「なあに?」

「必ず、ここに帰ってくるのよ? あなたのお家はここなんだから……」


 うん。

 ママン。

 暖かいママン。


「絶対に、帰ってくるよう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る