第6話 坩堝の森の引きこもり
「じゃ、さっそく試しに行くわ! じゃあね、おやじ!」
僕は即座におやじの前から踵を返した。
変身能力を試したい! 試したいのお!
「待てい!」
そんな僕をおやじが首根っこを引っ掴み、吊り上げた。
ぎゃあ。これは無抵抗になってしまう。前世が人とはいえ今は一介の化け狸であります。ここをつかまれては大人しくをせざるを得ません。
のびーんと垂れ下がる僕の体。
「おやじ、なぜ止める?」
なぜだあ!
「お前は頭目候補になったのじゃ、せめて俺らが暮らす
「えー。森に関してはおやじよりも知ってるよう。獲物狩ってるの僕らだよう?」
なめんなよう。
のびーんと伸びた情けない姿から想像できまい!
「それはそれとしてじゃ。変身方法も聞いとらんでどうするんじゃ」
「あ、そうだった」
「じゃろう? ついでじゃ、リキマル、オリョウ、リケイ! お前らもリントを補佐する側近的な立場になるじゃろうから、聞いておけい!」
おやじの言葉に三人の弟妹は揃って嫌な顔をした。
狸は怠惰であるべきでそういった面倒事は何より不要な話である。怠惰こそが正義なのだ。
僕も含めて、仕方ないから聞くけど、普通の狸なら迷わず逃げているぞ。
ああ、だから誰も変身能力を貰わなかったのか。
狸とは、かくも素晴らしい精神性を持っているのだ。
誇るべきである。
僕は好奇心に負けてしまった。お陰でこんなめんどくさい事になっている。好奇心は猫だって殺すのだから、僕ら狸なんてイチコロだろう。ぐええ。
そんな思考に脳の半分以上を使いながらなんとなく聞いたおやじの説明はこうであった。
我らの生存圏であるこの
元来、狸は家族単位で生活する生き物ではあるが、この坩堝の森は魔物だけで生態系が構成されていて、神話級の魔物から我ら狸のような動物と大差のないような魔物まで暮らしており、それらの強力な魔物から身を守るために群れを作っているうちにラクーンという生活共同体が出来上がったらしい。
それに加えてラクーン内の血を濃くしすぎないために互いのラクーンから婿取りやら嫁入りをしたりもする関係らしく、付かず離れずといった感じで、関係性は良好だという。
さっき言われたタブーとやらも他のラクーンのメス狸を勝手にさらってくるなどしなければ問題ないらしい。
え? そんな事すると思われてたの?
「と、いう事じゃ。ここまではわかったか?」
「ん、わかった」
わかったわかった。
ほんとにわかったから! 早く話終わってもらって良いですか?
弟妹らもとっくに話に飽きて丸まったりヘソ天したり気ままな姿でいびきをかいている。
あれ? これ僕は話聞いているだけ偉くない?
「で、続きじゃが……」
つ づ き ! ?
「まだあんの!?」
「当たり前じゃあ! 覚悟せえよ!」
そういっておやじはにんまりと笑った。
げええ。まだ話が続くんか?
これはもう耐えられん。仕方ない、使わせてもらおう。
奥の手だあ!
「じゃあ、次は……」
なんかむにゃむにゃ言ってるおやじは無視してっと。
印を結び、自分の声帯を少し変化させる。
化け狸になったせいか、狸の前脚で印を結ぶのが心なし楽になった気がする。
よし。
「
『リーチさあん』
おやじの背後にママンの声に擬態した僕の声を投げつける。
これは狸に生まれ変わってから前世の忍術技術を狸用にカスタマイズした忍術の一つ。音やら声やらを自分とは別の方向から響かせる技で、元来は獲物の意識誘導用に使うんだけど、今はそれに声真似を加えて使っている。
「ほわあ! あっちからヒメの声がするのじゃ!」
一瞬でおやじの顔がだらしなくゆるんだ。
ちなみにママンの名前はヒメと言う。
きゅうと生まれた時から、この姿はあまりに美しく、毛並みが光を放っていたという逸話があるほどで。
その美しさから、その場の全員から満場一致でヒメと名付けられたという逸話を持っているラクーン
そして。
それが僕のママン。
自慢です。自慢ですけど。自慢です。
俳句になるくらい自慢です。
そしてもちろん、おやじはそんなママンに夢中である。
だからこそこの方法は効く。
僕は飛声を続ける。
『リーチさあん、ちょっと来てもらって良いですかあ?』
鬼さんこちら。声のする方へ。
「もちろんじゃあ! ヒメに呼ばれたら行くのじゃあ。今行くから待ってってえ!」
でかい図体をどたどたと揺らし、さっきまでの威厳はどこへやら。
あっという間に僕が声を投げた方向へと走っていった。
チョロすぎる。
おやじよ、そっちはそもそもラクーンの外だぞう?
ママンがいるわけなかろう。
しかし。なにはともあれ。
完 全 勝 利 だ !
こうやってまんまとおやじの話を打ち切った僕。
くうくうと寝こけている弟妹をほっぽって、さっさとラクーンの外へと駆け出すのだった。
さあ! 待ってるがよい!
僕より強い奴らに会いに行くのだ!
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