サラマンダー・スパイラル ~ハクの島編~

エイル

第1話 開始

 

 今日も平和。平和なのです。








 鳥の群れが当たり前のように私達の前を通過していきます。









 自分の部屋のカーテンを開くハクの姿がありました。










ハク「今日もいい天気!!」








 私がいる世界はいつも穏やかで、ピリピリした毎日を送っている人達の生活とは真逆の世界に生きていました。







 私は朝ごはんの味噌汁と目玉焼きを作り、1階の奥の4畳半の部屋に居る父親を呼びに行きます。父と2人暮らしなんです。







 母親は居ませんでした。私が産まれた後に、流行り病にかかってしまって亡くなったと父からは聞きました。







 父親と住む、そんなに大きくない一軒家から、毎日歩いて職場に向かいます。職場は父が経営している土建屋さんです。








 朝食事をしながら、父はよくこんな事を言います。





父「ハク、・・・そろそろ良い人居ないのか?」








ハク「えっ?!居ないよ、だってここ島じゃん!!(笑)会う人がいつも一緒!!突然良い人なんか現れるわけがないじゃない!!・・・だから暫くお父ちゃんと一緒に居るよ!!」





父「そうか。」




ハク「それに私まだ若いし、まだそんな気ないよ!」



 手を横に振りオーバーリアクションなハク・・・・。







 私の父親は、時折思いついたかのようにそのような事を言ってきます。一体これまで何十回その質問を私にしたでしょうか・・・・。







 島に住んでいました。島の中で会社をやっていますので、仕事は専ら島の皆さんの御用聞きでした。メインは建物の建築、修繕や増築、減築、解体ですが、時には猫を探しに行ったり、蛇を追い出したり買い物代行や清掃・・・・・もはや職種としてはなんでも屋さんです・・・。






 月に数回でしたが、父の友人伝手で本土の仕事があります。その場合は島から船に乗って朝から本土に出かけます。長引くのであれば本土に泊まります。







 父は寡黙でしたが、島民や友人からの信頼はかなり厚く、儲かる儲からないは関係なく、いつも何かしらの仕事がありました。





父「ペン、山田さんの工事進み具合どう??」





ペン「今の所順調ですね!材料待ちですがなんとか予定の工期で終わりそうです。」




 彼は辺見(へんみ)さんと言って会社のナンバー2。専務取締役です。親しい人からは『ペンちゃん』という愛称で呼ばれていました。年齢は父の一個下で、私達若手に世間の色んな事を教えてくれたのもこの人でした。色黒スキンヘッドで髭を生やしています。







 パソコンで材料を確認するハク・・・・。





ハク「ペンちゃん!明日材料届く予定になってるよ!!」




ダマテ「ハク!明日は海が荒れるから、確実に物が着くかわかんねぇぞ!なのでペンさん、明後日なら確実です!」






ハク「あっそうか!天気予報見るの忘れてたわ!!」




 この私の隣の席の強面スポーツ刈りの彼は珠手(ダマテ)。現場にも出ますが、内務的な仕事も兼務でやっています。なんだかいつも怒っているように見えますが、とても真っすぐで優しい人です。みんなの兄貴分的な存在です。






若い男性「もどりました!・・・。」







 早朝から現場に出ていたハクと同世代くらいの男性がようやく帰ってきました。小麦色に焼けた肌に白い歯、茶髪にピアスをしています。若手で活躍中の『ノブハラ ベイジ』です。親しい人間からは「ノベタン」という愛称で呼ばれています。






父「・・・ノブハラ、どうだ?・・・その様子だと上手くいってないか・・・。」





ノブハラ「はい・・・それが少し揉めてましてね。一緒に工事やってる会社の人達が作業してると、山の持ち主らしき連中がヘルメット無しで勝手に入ってくるみたいでしてね。」




父「そうか・・・・それって俺やペンが行って、どうにかなる話か?・・・・」





ノブハラ「作業自体は少しずつですが進んでます。でも・・・・具体的にはわからんのですが、相手のバックに怪しい集団が居る事が分かったんですよ。・・・恐らくコレの利権絡みと思われます。」




 ノブハラはポケットから金属の破片を取り出して父に見せました。






父「なるほどな・・・・。そういえば先日あまり見かけない集団が船着き場にたむろしていた。まさかな・・・・・。」







 私以外の全員はふと神棚を見上げます。そこには父と一緒に会社を立ち上げた「風露フウロさん」の写真が置いてありました。本土の仕事に行った際に、不慮の事故で亡くなってしました。髭面でかなり強面ですが私の事を可愛がってくれる、本当に優しいおじちゃんでした。





 父は腕を組んで考えます・・・。





 私が住んでいる島では貴重な金属のようなものが採れるそうで、その金属を採取する為の作業場や休憩所の建設に現在取り掛かっていますが、横やりが入ってしまい、なかなか作業が進んでいない様子でした。いよいよ社長である父がこの案件に向かう事になりそうです。






ペンちゃん「・・・ハネダとアリタは?どこ行った?」






ハク「本土の仕事に出てて、明日の夕方の便で帰ってくるよ!!天気が悪くてそれも分からないけどね!!」




 たった7人の小さな会社でしたが、それぞれが受け持ちの仕事をしっかりやって会社を成り立たせていました。






ハク「ノベタン!(ノブハラのあだ名)明後日、本土行くんだよね??」





ノブハラ「うん!行くよ!!」






ハク「港の駐車場に不法に停めてる車があったら・・・これつけといて!!ハネダとアリタに渡し忘れた!!」






 不法駐車用の車輪止めをノブハラに渡しました。






ノブハラ「オーライ!いつものやつな!」





ハク「最近多いのよ!港に降りたら直ぐに駐車場を確認してね!レッカー呼ぶから!」




 ハクの会社は港付近に駐車場を持っていますが、最近やたらと不法駐車が増えていました。




 島で金属が採れる事が分かってからというもの、かなり増えていました。




ダマテ「ハク、そういえばこの前の不法駐車の件どうなった??」




ハク「向こうが車輪止め解除の為のお金払うなら車要らないって言うから、私が鉄くず屋さんに持って行ったよ!!3~4万くらいになったかな??」






ダマテ「それ、俺が部品ばらして売った方が良かったんじゃねえか??」






ハク「うー-ん、海辺で使ってて錆も凄くて古いからちょっと微妙だったよ!分解する作業時間考えたらそのまま持って行った方が良くないかな?」




父「・・・最近多いんだな・・・」





 まぁ・・・・裏ではそういう商売もしていました。




 ガラガラ!!




近所のおばさん「ハクちゃん!!また野菜採りに来てよ!!」






ハク「おはようおばちゃん!!いいの?!行く行く!!今から??」





 駆け足でハクは店から出ていきます。





近所のおじさん「大将!!イノシシ!!どうにかならんかな!?」




父「はいはい。ちょっと待って。仕掛けたやつだね?」





ペン「今社長とそっち行きますからね!」







 父とペンちゃんは軽トラックに乗って直ぐに出ていきました。






商店の老婆「そういえばアンタ、これ注文してたでしょ??届いたから取りに来てちょうだい」





ダマテ「届いた?!助かるわ!!えっとね・・・・・じゃあ張り紙をして・・・・・。」




 ダマテは事務所の一口に「不在張り紙」を貼って店から出ていきました・・・・。




・・・・・・・・




・・・・・・・・





 島だけどお客さんが引っ切り無しに来る事があり、忙しくないようでわりと忙しいような日があるのです・・・・。








 全員事務所から出払ってしまうことがある為、電話に出られない事があり、しばしば大きな仕事を逃してしまう事も・・・・・・・。





 会社の電話から父の携帯に転送と言う方法もありましたが、父は「そこまでしなくてもいい、そもそも電話してくるのはワシの知り合いばかりだし、急ぎであれば最初から直接自分の所に連絡が来るんだから。」との事でした。






 夕方17時~18時になり、その時点で明日の準備と、当日の仕事が無ければ業務終了です。仕事が片付いてなければ、必ず終わるまでやります。






 今日は仕事が無く、私は事務所の鍵を閉めて、店番をしていたノブハラと一緒に外へ出ました。






 海岸沿いを2人で歩いていました。






ノブハラ「なぁハク。」




ハク「え?」




 ノブハラは立ち止まり、ハクの顔を見ました。



ノブハラ「お前はさ・・・将来本土に行きたいとか思ったこと無い??」



ハク「うー-ん・・・私は高校が本土だったからね!・・・・本土の生活はなんだか目まぐるしかったから、別に今の島のままでもいいかな!!ノベタンは?」




ノブハラ「・・・俺はいつか本土で会社を起こすのが夢!!今も昔も変わってない!!」




ハク「へぇ!そうなんだ!それ初めて聞いた!じゃあ、社長だね将来は!」





・・・・・・・・・・・・



ノブハラ「ハクさえよかったら、俺と一緒に本土行かないか?」




ハク「え?・・・・・・」



 ・・・・・・・・・・・・・



 突然の事で、固まってしまいました。どう反応していいのか分からず、黙ってノブハラの顔をずっと見続けてしまいました。




 ノブハラは少し悲しそうな顔をしました・・・・。きっと一緒に来てくれると思ったのです・・・・。




ノブハラ「・・・・嫌だ?」




ハク「いや・・・・嫌じゃない・・・・嫌じゃないかも!!」




ノブハラ「一緒に出ようぜ、ハク!!」



ハク「うん、一緒に出ようか!!ノベタン!!指切りしよう!!」





 2人で笑顔で指切りげんまんをしました。



 ・・・・・・




 ・・・・・・





 社員は全員仲が良いのですが、特にこの同世代のノブハラとは仲が良く、社会人になった今もしょっちゅう一緒に、まるで子どもの頃のように、遊んでいました。



ノブハラ「てかさ、・・・今更だけどお前って本当に『白い』よな?島で育ったのに何故日焼け無いんだ(笑)おやっさんは色黒なのにな。」





ハク「あー・・これねお父ちゃんから聞いたんけど、体質は母親に似てるらしいよ!!お母ちゃん死んじゃったし、どういうわけか写真が一枚も無いから本当かどうか知らないけどね!!」







 2人で話していると、遠くから私達を呼ぶ声が聞こえました。






ハネダ「ハクー!!ノベターン!!」




 太っちょで目つきの悪い、身長が低いハネダ。





アリタ「明日の現場無くなったから帰って来たー!!」




 痩せ型で長身坊主のアリタ。




 私達の会社の凸凹コンビです。




ハク「え?!そうなの?!」



 2日前から本土の方で仕事をしていたハネダとアリタの2人が本日帰ってきました。




ノブハラ「今日の夕方の便に間に合ったんだな!」



ハネダ「なんとか滑り込みでな、明日は海が荒れるようだし、宿泊代がまたかかっちゃうから帰って来た。」





ハク「さすがハネダとアリタ!!これで経費削減だね!!」





アリタ「ペンさんがさ、夕方の便に間に合うようなら店に来いって言うんだよ。たまには若手4人でペンさんのお店行ってみようか。ビックリするぜきっと!!」




 ペンちゃんは昼間は父の会社で専務として働いて、夜には自分で居酒屋を営んでいました。早く仕事が終わった日には開けているようでした。



 島民の憩いの場になっていました。



ハク「いいねー4人でたまには!行こう行こう!私もたまにはペンちゃんのお店でお酒飲みたい!」





ハネダ「それでさハク!・・・・これ買ってきた!!」





 ハネダがカバンから一本の酒瓶を取り出しました。





ハク「え・・・マオウじゃん!!あんたが買ったの?!飲もう飲もう!!」






ノブハラ「えっ?!お前これ良く手に入れたな!」




ハネダ「知り合いの店に頼み込んで一本だけ取っといて貰ったんだ。」





アリタ「そんな事ばっかりして、ちゃんと仕事しろってペンさんに怒られるぞ(笑)」






 はっはっはっはっはっは!!





ノブハラ「仕事しに行ったと見せかけて酒の事ばっかり考えてやがる(笑)」



ハネダ「そこまでじゃない!!ちゃんと仕事はしてるよ!!(笑)」




 ひとしきり笑った所で、ふと海の方を見ました。




ハク「・・・綺麗だねー!!今日も!!」





ノブハラ「ホントな・・・・。・・・なぁハク、さっきの話忘れないでくれよ。」



ハク「ああ・・・もちろんだよ!!」




 ハクは笑顔で微笑みました。



 若い4人で水平線に沈む太陽を眺めていました。






 この島で見る事が出来る夕暮れの海岸・・・この水平線・・・この景色は私達の目に焼き付いて離れることはありませんでした。



 これからの人生・・・他の事を忘れてしまう事はあるかもしれませんが、この目に焼き付いた景色だけは忘れる事はなく、いつまでもいつまでも私達の心に残っているのです。

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