震災7 別れ
群馬までは行きなれた。
通りも先日と変わらない。穏やかに流れる車。仙台のような渋滞もなく、良い意味で田舎なのかな。佐野ラーメン食べてみたいなぁ。
そんなことを思いながら彼女のアパートに着いた。メールは届いていたようで、仕事が終わる時間も3時過ぎということだった。丁度3時。仕事場に行こうか迷ったが、下手に動くよりはいいかなと思い、アパートの駐車場に停めた。
程なくして彼女が来た。ほんとはダメだけど、と俺の車の横に停めた。誰かのスペースなのだろうが、震災で居なくなってるらしい。帰ってきたら退ければいいよ。
彼女の後に続き、部屋へ。
仕事が忙しいのもあるだろうが、相変わらず片付け下手くそだなと思いながら、それを察した彼女は
ごめんね汚くて(笑)
と一言。
いや、大丈夫。見慣れてるし気にしないよ(笑)
絶対汚部屋って思ったでしょー(笑)?
...君らしい部屋だなと思ったよ(笑)
失礼な(笑)
こんなやり取りをしながら2人で少し掃除。空いたスペースに座りコーヒーを飲みながら近況の報告をする。
彼女の実家から、おにぎりありがとうと伝えてくれって伝言あったらしく、
ほんと君らしいね。この非常時に他人の心配なんて(笑)
他人じゃないよ。8年間も付き合って貰っている。俺にとっては家族も同然だよ。
彼女とは飲み会でたまたま意気投合して、そのまま翌日には付き合いを始めた。最初から息が合うというか、お互いを知り尽くしたような阿吽の呼吸があったような気がする。
8年か。もうそんなに経つんだね。長かったような短かったような...最初はお母さんに怒鳴られたよね(笑)大学生のくせにうちの娘を!みたいな(笑)
そう!あん時はホントに怖かった。今じゃ一番頼りになる人だよね。お父さんより(笑)
そうそう!君のアパートまで乗り込んで来てさ。お泊まり禁止令とか家から出禁とかデート禁止とか(笑)1ヶ月ぐらい頑張ったもん(笑)
あったあった(笑)その後、お母さんに2人で話してお付き合い承認して貰ってね。
あとさ、家から家まで歩いて帰ったの覚えてる?心配だからってバイト先のカフェまで来てくれて、私の事終電で送ってくれてさ。自分は歩いて帰るって言うからほんと心配したよ(笑)一時間近く歩いたんだっけ?
あったね。あれは二時間歩いたよ。その当時履いてた靴が厚底のラバーソールでね。靴擦れ起こして最後は裸足で帰ったよ(笑)
そんなこともあったね(笑)ほんと、人が良すぎるよ。こんな時に群馬まで来てさ(笑)
寂しいって言ったじゃん。
...ありがと(笑)でもまさか来るとは思わなかったよ(笑)君らしいけど。
俺も寂しかったし会いたかっただけだよ。
ほんと、そういうとこも全然変わらないね(笑)
屈託のない笑顔を見せて笑う彼女。この笑顔を見る為に俺は群馬まで来た甲斐があった。そう思わせてくれる笑顔。全てが報われた気がした。
計画停電の時間が迫る。ただ、思出話は止まらない。8年分の想いがそうさせるのか。
どうしても伝えたいことを話せずにいる俺に、彼女は言った。
こんなにいっぱい話すことあったんだ。8年だもんね。今日来たのも、何か意味があるんでしょ?
何でそこまで分かるんだ。表情に出やすいとは言われてたが...
意を決して彼女に向き直す
実はさ、岩手に帰ろうと思うんだ。
彼女の表情が少し曇る
それで、君に...俺についてきてほしい!
結婚して岩手に来て欲しい!
...彼女は下を向く。表情は見えない。
と、下を向いたまま彼女は言った。
...遅いよ。遅い。
彼女の表情は笑っていた。笑っていたが、その目だけは哀しみがあった。
もう8年だよ。その間、何回も言うタイミングあったじゃん。いつかなぁってずっと想ってたんだよ!...遅いよ
ごめん...でも
でもじゃない!ずっと考えてたんだから!何で今なの?今じゃないよ...
...ごめん...
...ご飯食べたい...お腹減った
...そうだね...ご飯にしよう!何食べたい?有るものでしか作れないけどさ。焼き鳥は無理だよ(笑)
アハハ(笑)...じゃあオムライス!君の得意なとろとろふわふわのオムライス作って!
合点だ!(笑)
料理をするために立ち上がり、キッチンへ移動する。冷蔵庫を開け材料を取る。幾度となく繰り返してきた俺の動きを目に焼き付けるような彼女の視線を感じながら、俺はオムライスを作った。
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