084 第20層 ジェネラルゴブリン

 それからというもの、〝多田野無双〟も相まって、破竹の勢いで攻略階数はどんどん増えていく。


 現れるモンスターは、相も変わらずハイゴブリンだが、その統制が徐々に強化された。

 いわゆる、俺たちのようにパーティー戦術を使うようになってきたのだ。

 ディフェンダーが防御に徹し、徹底的に攻撃を遮断してくる。

 その隙を縫って前衛アタッカーが攻撃を仕掛ける来る。

 それによって崩れた相手を後衛アタッカーが高威力攻撃で削りにかかる。

 傷ついた仲間をヒーラーが随時回復し、戦線を押し戻してくる。


 俺はその戦い方を見て思ってしまった。

 あまりにも人間臭いと。

 つまりはこれをコントロールしている人物がいると……


 十中八九、日本国総理大臣……【魔王】であろうと。


 おそらく全てのダンジョンのデータを回収して、すべてのダンジョンにフィードバックしていると考えていた。

 そうでなければ、このような戦闘戦術を〝モンスターが確立した〟ことになってしまう。

 つまりは人間にとって代わる存在であるということになるのだ。

 俺は自分の考えを振り払うかのように、頭を大きく横に振った。

 

「それにしてもケントさん。なかなか倒しにくくなってきましたね。こっちの動きを読んでいるかのように、ディフェンダーが詰めてきてやりづらいです。」

「それは俺も思ってるよ。あまりにも上手すぎる。さすがに上位のダンジョンだけあるよな。」


——————

  

 むしろ、この二人の進行速度を見たら「この二人はおかしいから!!」と突っ込みを入れたくなる探索者は大勢いるだろう。

 今ケント達が潜っているダンジョンは、既にソロやデュオで対応するようなダンジョンではないのだ。

 フルメンバー6名で、徐々に進行していくのが正しい戦術だ。

 しかし、ケントはそれをあまり気にした様子はなかった。

 むしろ、ケントはソロで潜りたいとさえ思っている。

 理由は【レベルドレイン】の仕様だ。

 敵の生命力を吸収して自分の経験値にしてしまう、極悪非道なスキルだ。

 ただその代償として、経験値が自分にしか入らなくなってしまう。

 多田野と共に探索するとこは、ケントにとってメリットと言い難い場合があるのだ。


 そんな非常識を絵に書いた二人は、口では苦戦しているように言っているが、わりとサクサク攻略を進めていく。

 もしも同じクラスの探索者が二人と見たら、間違いなくこういうだろう。

 「チートじゃないか!!」と。


 ———閑話休題———


 そして俺たちは、ついに第20層のボス部屋へと到着した。

 いつもにもまして重厚感のある扉は、その先のボスの位を現しているみたいだった。

 タケシ君はその雰囲気にのまれたのか、少し緊張気味だったけど、臆している様子はなかった。

 俺たちは顔を見合わせると、覚悟を決めたように頷き合った。

 そして、ギギギギギと軋む音を響かせながらボス部屋の扉を開けていく。


 ボス部屋の広さは第10層のボス部屋よりも若干広いスペースが確保されていた。

 中央には魔法陣のようなものが描かれており、何やら怪しさ満点であった。

 その魔法陣があまりにも怪しすぎた為、中に入るのを一瞬躊躇いそうになってしまった。


 警戒度を上げつつ、ジリジリとその歩を進めていく。


ギィ~~~……

バタァ~ン……


 俺たちが中に入ったのを確認したかのように、ボス部屋の扉が勢いよく閉まった。

 逃がしはしないぞってことか?

 そっちがその気ならこっちにも考えがある。

 とりあえずこの階層ならタケシ君の経験には丁度よさそうだね。


 しばらく警戒していると、その魔方陣が徐々に揺らめき始めた。

 ユラリユラリと黒い靄が円を描くように集まり始める。


 何かが始まっているのか?

 一応警戒はしておいた方がよさそうだな。


ユラリ……ユラリ……


 俺は魔法陣に意識を集中させた。

 

 それはまるで、何かが生まれ出でることを待ち望んでいるかのように、立ち昇っていく。

 そして、次に訪れたのは強烈な風だった。

 その風は魔法陣に吸い寄せられるように渦を巻き、靄の竜巻を形成していく。


 その靄の竜巻は中の何かを覆い隠すように、いつまでも渦巻いていた。


 時折その中から、赤黒く光る何かが見え隠れする。

 それはモンスターの目だった。

 その力強いまなざしは、俺から視線を外そうとはしなかった。


 そして黒い靄の竜巻がおさまる頃、中から1匹のモンスターが姿を現した。

 今までのゴブリンとは一線を画す立ち姿だった。


 見るからに筋肉の鎧で覆われたような立ち姿は、威厳さえ感じさせる。

 装備する鎧や武器も、今までのゴブリンとは比ではないくらいの存在感を醸し出していた。

 背丈もおそらく2m近くはあろう体躯は、まさに武人といっても過言ではなかった。


「ジェネラルゴブリン……」


 タケシ君がそう呟いた。

 その表情に焦りの色が色濃く見える。


「あぁ、間違いない。ジェネラルだ……、だけどその内容がおかしいな。」


 俺の声も若干引きつっていた。

 【生物鑑定】でスキルを確認し、さすがにタケシ君には荷が重いかと思い始めた。


——————


統率:群れ全体の指揮を掌握し、眷族の戦闘力を著しく上昇させる。

眷族召喚:眷族(ゴブリン種)を任意に召喚出来る。ただし、同時召喚数に制限在り。

鼓舞:眷族を鼓舞することで、戦闘力を一時的に上昇させる。

身代わり:自分の致命傷を眷族に肩代わりさせる。


——————


 俺が知りえた情報を、タケシ君へと伝えた。

 タケシ君が事前に確認していた情報に比べても、凶悪さが増してるように思えた。

 特にスキル【身代わり】は、それ単体だとさほど脅威度は高くない。

 取り巻きの眷属さえ倒しきれば、死にスキルになるからだ。

 だけど、スキル【眷族召喚】と合わせて考えれば、致命傷が致命傷たりえなくなる。

 眷属召喚とはつまり、ジェネラルゴブリンの残機そのものだからだ。


「さすがにこれはまずいですね……」


 タケシ君は、そのプレッシャーに押しつぶされそうに見えた。

  

 俺もまた、どう戦うべきか決めかねていた。

 おそらくジェネラルだけだったら問題なく戦える。

 しかし、眷族召喚で1匹でも残した場合、ジェネラルを倒そうとしたところで眷属が死んで終わりだ。

 なので、勝負はおそらく一瞬。

 眷族を倒し切り、次の眷族が召喚されるまでのほんのわずかな隙間時間でしか倒すことが出来ない。


 ジェネラルまでの距離、おおよそ100m……


「まずはどんな眷族が召喚されるか、お手並み拝見といきましょうか……ね!!」


 俺はそう言うと、一足飛びでジェネラルに向かっていく。

 タケシ君もそれを援護するかのように、フライトサブウェポン【ライフル】の2門と【10連装ミサイルランチャー】1門を稼働させた。

 タケシ君自身もその発動に合わせて、一気に距離を詰めていく。

 【10連装ミサイルランチャー】から放たれたミサイル群は一気に加速して、ジェネラルに襲い掛かった。

 タケシ君曰く、ミサイル自体の攻撃力はさほど高くはないそうだ。

 ミサイルの真骨頂はその爆発力にあった。

 タケシ君が作っていた魔道具【魔石爆弾】の応用で、接触した瞬間に爆発するんだとか。

 そのことを知らないジェネラルは、「何かかが飛んできたな?」としか思っていなかったようだ。


ドドドゴォ~ン!!


 10発のミサイルがジェネラルに接触した瞬間、次々と爆発の連鎖を始めた。

 その衝撃はなかなかのもので、走り出していた俺たちにも若干の影響が出てしまうほどだ。

 モクモクと土煙が立ち上る中、俺たちはさらに距離を詰める。


 距離約50m……


 タケシ君は、さらに追い打ちとばかりに2門の【ライフル】から弾丸を射出。

 貫くように、先ほどまでジェネラルが立っていたであろう場所へと打ち込んだ。


キン……


 土煙の中から、とても澄んだ金属音が聞こえて来た。

 さすがの俺たちも、訝しがりながらも接近をやめようとはしなかった。


 あと20m……


 戦闘領域に俺たちが入った瞬間、物凄く嫌な予感が脳裏をよぎった。


〝これ以上近づいてはいけない〟


 俺たちはその予感に従って、急減速をかけて静止し、一気に後退したのだ。


 残り10m……


 俺たちが後退した一拍後。

 先ほど停止した場所から1mほど先の地面にずるりと切れ目が出来た。

 やばい、間一髪ってところか。


 そして土煙が晴れた先には、ニヤリと片方の口角を上げて醜く微笑んでいるジェネラルが、無傷のまま立っていた。

 その手に剥き身の禍々しい剣を携えて……

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