081 ゴブリンダンジョン第10層 ボス戦

「なんだこれ?ゴブ……リン……なのか?」


 確かに見た目の色や醜悪さは、間違いなくゴブリンだった。

 しかし、その背に生えている羽に違和感を覚えていた。

 子供の様に小さいく、ガリガリに細い体躯に不釣り合いなその羽は、おそらく10人中10人は“悪魔の羽”というであろうものだった。


「ケントさん……あれはゴブリンでもかなり珍しい個体です。確か……そう、〝デモンズゴブリン〟。研究班曰くゴブリン種なのかデーモン種なのか分からないそうです。」


 タケシ君は、少し前に研修で教えてもらったことを教えてくれた。

 ここ最近のダンジョンでの目撃例が増えており、見た目に反してなかなか強力な個体であると説明を受けていたようだった。

 しかし、目撃例が増えているだけで、まだそれほど出現が観測されていないモンスターでもあった。

 そのためタケシ君も対峙するまでは、すっかりさっぱり忘れてしまっていたらしい。


 しっかりしろタケシ君!!


「タケシ君。弱点とか耐性。特性なんかわかるかい?」

「すみません。まだ研究段階らしくて、そこまでは教えてもらっていません。」


 タケシ君はそう言うと、少し申し訳なさそうにしていた。

 しかし、戦闘間際とあって視線を落としたりはしていないようだ。

 まあ、知らないことをあれこれ考えても仕方がないね。


 俺とタケシ君は戦闘態勢に移行していく。


 対峙しているデモンズゴブリンは、ただただじっと俺たちを見つめていた。

 何かを叫ぶわけでもなく、ただただ見つめていた。


 いったい何を考えているんだ?

 って、これは……

 【鑑定】か……

 パッシブの【隠匿】が発動しているな。

 

 俺がタケシ君に視線を送ると、軽く頷いて見せた。

 タケシ君は……大丈夫そうだな。


 恐らく俺たちのスキル【隠匿】が発動したことにより、デモンズゴブリンの顔色が少し変わったように見えた。

 何かを考えているのだろうか、しきりに頭をひねっていた。

 その動きは独特の動きで、さらにひとを不快にさせていく。


「GYOUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」


 ひとしきり頭を振り終わると、デモンズゴブリンがものすごい爆音で叫び出した。

 びりびりと振動する空気がその威力を物語っていた。

 思わず俺は耳を塞ぎ、一瞬デモンズゴブリンから目を離してしまったのだ。

 そう、戦闘中にもかかわらず……


 俺は慌てて目をデモンズゴブリンに向けると、低空飛行でこちらに突進してきていた。

 その手にはどこからいつ出したかわからない、三又の槍状のモノが握られていた。

 ほんの一瞬の出来事で、対処の遅れてしまった。

 咄嗟に俺は構えていた剣を振り下ろそうとするとも、デモンズゴブリンは急上昇でその斬撃を回避して見せた。

 

 良かった、どうにか対処できた。

 俺はの時、何故か安堵してしまった。

 いまだ戦闘継続中だというのにもかかわらず。


 デモンズゴブリンはその一瞬の気の緩みをまた突いてくるように、今度は上空から急降下で迫ってきた。

 俺は剣で捌くのは難しいと判断し、咄嗟に左に転がりながら回避することしかできなかった。


——————

 

 多田野はと言うと、最初の攻防の後すぐさま後退していた。

 自分ではあの速度の攻撃に対応が難しいと判断したからだ。

 その判断が功を奏したようで、二撃目の攻撃に晒されることはなかった。

 余裕をもってスキルを展開できた多田野は、その周囲に2対4門の砲身を出現させた。

 今まで見たライフルタイプやガトリングタイプトは違う、2門の砲身をくっつけたような見た目をしていた。


「これでも食らえ!!」


 多田野が選択した武器はショットガンタイプの砲身だった。

 弾はバードショットと呼ばれる種類で、細かい粒上の弾丸を広範囲にばらまいてくタイプだ。

 多田野の掛け声とともに8門の銃口から発射攫えた弾丸は瞬く間に周辺を埋め尽くしていく。

 一発一発の弾丸の威力は低いが、デモンズゴブリンはとても嫌がりながら距離を取り始めた。

 多田野は逃がさんとばかりに、浮遊する砲身を操作していく。

 ドパンドパンと鳴り響く銃声は、どこぞの西部劇を思わせる様子だ。


—————— 

 

「やるねタケシ君……」

 

 俺はその隙にスキルを発動させた。

 静かに、そっと……そしてこの空間から俺の存在は完全に消え去っていたのだった。


 デモンズゴブリンは、タケシ君に追われ逃げることに必死になりすぎた為か、俺の存在を忘れ去ってしまっていたようだ。

 空中を縦横無尽に飛び回り、タケシ君の銃撃を躱していく。

 しかし、その体には無数の傷ができ始めていた。

 タケシ君のバードショットには、約200発前後の小さな弾丸が内包されている。

 それが一瞬でばら撒かれるのだから、躱し切れるはずがないのだ。

 面制圧の点でいえば、これほど効率のいい弾丸はあまり類を見ない。


 タケシ君は徐々に高度を落とし、速度も失っていくデモンズゴブリンを容赦なく追い立てていく。

 そして新たな砲身を2門作成した。

 作り出したのは先程と同じショットガンタイプである。

 しかしその中に込められた弾の種類を変えていたのだ。

 作り出した弾はスラッグショット。

 内包される弾丸は1発。

 その威力たるや、通常のスラッグ弾でさえ大型のクマも倒し切れるほどだ。

 しかも今使われている弾丸は、タケシ君がスキルで作り出した魔弾である。

 威力はその比ではないのだ。


ドダンドダンドダン!!

バズン!!

ボン!!



 タケシ君は失速していくデモンズゴブリンに容赦なく銃弾を浴びせ続ける。

 中に混じるスラッグショットを食らうと、さすがのデモンズゴブリンも耐え切れず、吹き飛ばされることがしばしば起った。


 しかし、タケシ君の表情は優れなかった。

 何か違和感を覚えているようだった。

 俺もデモンズゴブリンを観察すると、違和感を覚えた。

 失速し、死に体になっているにもかかわらず、デモンズゴブリンは焦る様子が見受けられないのだ。

 むしろ、これさえも織り込み済みなのではないかとさえ思えるほどに。

 

 あ、これはやばいな。

 さすがにこれは手を出さないわけにはいかないか……ごめんなタケシ君。


——————

 

ギン!!


 戦場に甲高い金属音が鳴り響く中、多田野に一筋の斬撃が降りかかってきた。

 青く光る狂剣がぎりぎりで多田野の目の前で止まっていた。

 そう、ケントの攻撃である。


「何するんですかケントさん!!」


 慌てた多田野は、ケントに抗議の声を上げる。

 いきなり背後から襲われたのだ、ケガをしてても不思議ではなかった。


 しかし、そんな抗議をお構いなしに、ケントの攻撃が速度を増していく。


ギン!!ギン!!ガギン!!


 多田野は、慌ててその場を飛び退いた。

 そして、ひとつの違和感に行き着いた。


 “誰がケントの攻撃を止めていたのか”と。


 多田野は一瞬自分の目を疑った。

 多田野の影から一本の槍が突き出ていたのだ。

 ケントが何度も攻撃を仕掛けようとも、その槍が受け止めていたのだ。

 それに気が付いた多田野は、浮遊させていた1門のショットガンを呼び寄せ、自分の影に一発のバードショットを打ち込んだ。

 するとどうだ。


「gugyaAAAAA!!」


 多田野の影から、声とも呼べない声が聞こえた来たのだ。

 しかも先程まで縦横無尽に飛んでいたデモンズゴーレムが、霧散して消えてしまったのだ。


 それによって多田野が行き着いた答え。

 この影がデモンズゴブリンの本体だったのだと。


 おそらく最初の叫びの際に目を離した隙を突かれ、影に潜まれてしまったのだと推測できた。

 そして、自分がずっと攻撃していたものこそがデモンズゴブリンの影または幻影だったのだと。

 つまりずっと無駄に攻撃をさせられていたのだ。


「腹立つ~~~!!」


ドダダダダダダダッ!!


 多田野は怒りに任せて自分の影を撃ちまくった。

 あまりの飽和攻撃に、たまらずデモンズゴブリンは多田野の影から飛び出してきた。

 その姿は先程までの姿と変わりはしなかったが、多田野の攻撃ですでにボロボロであった。

 多田野は攻撃の手を緩めることはせずに、飽和攻撃を続けていった。

 それからどのくらい打ち込んだのだろうか。

 デモンズゴブリンは成す術無く、物言わぬ躯と化して地面に墜落していったのだった。

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