035 噂話と命の重さ

 訓練施設に着くとすぐに受付カウンターへ向かった。

 ブリーフィングルームは無事押さえることができた。

 時計を見ると……今は午後2時か……

 少し時間があるからどうしようか。

 確か待合室の近くに資料室があったはずだ。

 何か有益な情報があるかもしれないし、少し覗いてみるのも良いかもしれないな。


 時間潰しを兼ねて資料室に行くと、棚一面にびっしりと資料が並べられていた。

 棚にはそれぞれラベリングがされており、スキルの事やモンスターの事もまとめられていた。

 その資料を手に取ってみてみると、その情報量に驚きを隠せなかった。

 最弱とされたスライムに至っても、かなりの考察がなされていた。

 一番の驚きが、スキル【魔物使いテイマー】を習得した者が、スライムを使役できたことだ。

 スライムは汚れ等を分解する性質を持ち合わせていると記載があった。

 これは前に聞いた話と合致している。

 そこでスキル保持者と共に実験をすることとなり、下水道を清掃をさせたところ、見事にきれいになったようだ。

 そして、そのあとの記載に驚きを隠せなかった。

 ある程度清掃が進むとスライムが分裂をはじめ、その数をどんどんと増やしていった。

 最後には20を超える個体とない、清掃スピードが異常なほどとなっていた。

 これにより、街中の下水道清掃がはかどるのではないかと結論付けられていた。


 これを見るに、戦闘用だとしても街中で役に立つスキルが存在するんだと思えた。

 だからというわけじゃないけど、スキルの資料も気になり目を通してみた。

 その内容は、現在研究班で判明したスキルについての考察がなされていた。

 やはり、スキルの習得条件は、〝自分の行動によって変化する〟と検証結果として記載されている。

 スキルレベルについては、そのスキルを使い込んでいくとレベルが上がるが、それは個人によってタイミングが違ったようだった。

 レベルアップが回数なのか、それとも経験値的なものが存在するのかは今後の研究課題とされていた。

 その中でも一番気になったのが、派生スキルの存在だった。

 例えば【剣術】のスキルを使い続けると、【剣術・門下生】のように名称が変わったり、【小剣術】【大剣術】【長剣術】のように細分化されていくみたいだった。

 考察では細分化されるとその武器は使いやすくなるが、その他の武器が使いづらくなるのではと考察されていた。

 これも今はまだ研究段階とされており、随時更新するとされていた。

 それにしても、この短期間で良くここまで調べたものだと感心してしまう。

 それだけ、自衛官やその他の人たちの苦労で成り立っているんだろうな。

 ありがたいことだけど……ここを利用している人ってどれだけいるんだろうか。

 今まで読んだ資料のほとんどが、かなり綺麗だった。

 つまり、あまり読まれた形跡がないんだよな。

 もったいないな。


 ここを立ち去る際に資料について借りられるかと確認したところ、これらの資料は持ち出し禁止とされており、簡略化された小冊子が準備されていた。

 それでも十分すぎる情報が記載されていたので、僕は一冊もらって帰ることにした。



 資料室を出てしばらく中央の待合場所のソファーで、先ほどもらった小冊子を読みつつ寛いでいると、久しぶりに見る顔があった。

 確か……團姉弟だったかな?

 そういえば、彼らのダンジョン攻略は順調に進んでいるんだろうか……って、僕の心配する事ではないな。

 バスで会って以来、顔を合わせたことがなかったと思う。

 彼らなら、ここの下層まで行っていそうだ。


「あ、中村さん。お久しぶりです。」

「お久しぶりです、由貴乃さんに龍之介君。元気そうで何よりです。バス以来ですからもう1か月以上になりますか。」


 由貴乃さんが先に気が付き、声をかけてきた。

 二人とも元気そうだったし、順調に攻略が進んでいそうだ。


「お久しぶりです、中村さん。今もお一人で探索者を続けてられるんですか?」

「えぇ。まぁ。そうですね。なかなかどうして。命を預けるだけの相手を見つけるのは難しいですね。」


 龍之介君も元気そうでよかった。

 前会った時よりも、大分強くなったように見える。

 纏っているオーラみたいなものなのか、雰囲気というか……以前に増して色濃く感じるようになっていた。

 きっと、今のパーティーでうまくいっているんだろうね。


「命を預けるですか……確かに難しいですね。今のこの世界はどうなってしまったんでしょうね。人の命が、やけに軽くなった気がします。」

「僕もそう思います。そして、探索者をしていると命を奪うことに慣れていく、そんな気がしてなりません。」


 龍之介君は何か思うことがあったのだろうか、うつむいたまま何かを考えているようだった。

 命の重さか……

 きっとこの世界は自称神によって、そう創り変えられたんだろうな。


「そういえば、ダンジョン内での変死事件について何か聞いてませんか?」


 由貴乃さんは神妙そうな顔で、小声で話しかけてきた。

 少し周りを気にする素振りを見せているので、大事にはしたくないというのが伝わってきた。

 

「由貴乃さん、それってどういうことですか?モンスターにやられた人たちの事なら1件届け出たことはありますが。事件ってことはもっと犠牲者が出ているってことですか?」

「そうですね。私が聞いている限りだと、すでに8パーティーが犠牲になったかと。ただ、噂話で自衛隊に尋ねても知らないとしか返答がないので、確証はありません。まことしやかに噂されている。そういった感じです。」


 何やらきな臭い気がする。

 それに生物の進化。

 それと、昆虫を殺してのレベルアップ。

 まさか……それを人にやってるやつがいるのか?

 

「そうですよね。本当に変死事件なら、ニュースにだってなってますからね。悪戯の情報拡散だったらさすがに度を過ぎてますね。」

「中村さん……実はその話には続きがあるんです……」


 僕が由貴乃さんの話に相槌を打つと、妙に神妙な面持ちで龍之介君が話始めた。

 あまりにも真剣な表情なので、僕も真面目に聞くことにした。


「実は、犠牲になった8パーティーのうち1つに俺の友人のパーティーがありました。今はもう解散してしまってなくなりましたが。って、そうではなくて。6名中4名がダンジョンで死亡しました。生き残った者も満身創痍で、探索者を続けていくのが難しいです。そして、その友人から聞いた話ですが……、同業者にやられたそうです。でも確証はなくて、同じくスキルを使ってきたのでおそらくそうだろうって。俺、正直怖くて……タンクとして仲間を守るって覚悟したのに……。たまに頭を過るんですよ。俺の命が掛った時、このまま仲間を守り続けられるのかって。」


 そう言って、また顔を俯かせてしまった。

 確かにそうだろう。

 もし本当に同業者が行っていたら、完全に殺人だ。

 そしてその目的は……おそらくレベル上げ。

 きっと、モンスターを狩るより効率が良いってことなんだと思う。

 一ノ瀬さんの懸念が、現実のものになったのかもしれない。


「もしそれが、本当に同業者……人によるものだったとしたら、きっと自衛隊や警察が動いているはずです。そうではないというなら、もしかしたら擬態系のスキルを有したモンスターが現れたのかもしれませんね。」


 僕は誤魔化すことしかできなかった。

 まだ憶測の段階でしかないことを、むやみやたらに説明するわけにはいかなかった。

 これは一ノ瀬さんに確認すべき案件だから。


「私も人の手によるものではないことを祈ります。でなければ悲しすぎますから。」

「そうですね。由貴乃さんたちの十分に気をつけてください。もしこの事件がモンスターによるものだとしたら、それは『イレギュラー』の可能性が高いですから。」


 由貴乃さんも僕の答えに納得したようで、首を縦に振って肯定してくれた。


「龍之介、考えすぎても仕方ないわ。あなたはいつも通りに鉄壁でいなさい。そうすれば私たちがあなたを守るから。だから安心して私たちを頼りなさい。」

「姉さん……。そうだな。中村さん、変なところを見せてしまってごめんなさい。今見たことは忘れてください。」


 少し顔を赤くしながらお願いされたら、嫌とは言えないでしょ?

 龍之介君の意外な一面を見れたので良しとすることにした。


 そこで二人とは別れたがやはり懸念は払拭されることはなかった。

 これからこの世界はどうなっていくのだろうか……

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