005 探索者に僕はなる!!

 僕は探索者講習の受付をしてから、いろいろと準備を進めていった。

 慣れないSNSなども確認して、集められる情報は集め続けた。

 検証班なる人たちも現れているが、スキルそのものが自然の摂理から反しているため、「不気味だ、気持ち悪い」とさえ思っている人も出てきていた。

 ただ、僕自身その意見には同意したくなってしまう。

 いきなり自称神からプレゼントといって与えられた力。

 何か副作用とかあるんじゃないかと疑いたくなるのは当然だし、本当に自分たちのためにプラスになるのかと言われればイエスと答えづらい。




 そんなこんなで時間が過ぎ、今日は講習日当日。

 僕は年甲斐もなくうきうきしてしまい、朝早く目が覚めてしまった。


 父さんも市役所に用事があるそうなので、一緒に乗せていってもらうことにした。


 美鈴は探索許可証ライセンスカードを無事に取得でき、昨日郵送で届いた。

 僕にそれを「じゃ~~~~~ん!!」的に見せてきたので、イラっとしてこめかみグリグリの刑を執行したのは言うまでもない。

 美鈴は一緒に講習を受けた友達数人とパーティーを組む予定で、土日に軽く入ってみるとのことだった。

 ケガしなければいいんだけど……そこは自己責任だから、僕からは気を付けるように念を押すことしかできないのが歯がゆい。




「なぁ、ケント。本当に探索者になるのか?」


 市役所へ向かう車の中で、父さんは心配そうに声をかけてきた。

 きっと美鈴たちにも同じことを言ったのだと思う。

 普通に考えてダンジョンは未知の世界で、いつどこで何があるかわからない。

 我が子の心配をしない親なんていない。


「心配するなって方が無理かもしれないけど、このご時世だからね。まぁ、半分は興味で、もう半分は藁にも縋る思い……ってやつかな?」


 僕は肩を竦めながら少し冗談めいて父さんに返したものの、やはり不安が払拭されるわけはなかった。

 やはり父さんの顔色は優れなかった。


「それに父さん。これからはきっとダンジョンの時代になる。そうなればこれが普通になると思うんだ。どうせやるんだったらまだ若いうちの方がいいかなって。」


 実際にはこれが僕の偽らざる本音。これから歳を重ねるごとに、体はきっと厳しくなってくる。ダンジョン探索だってままならなくなる。

 だったら早めに始めた方がまだいいからね。




 父さんとそんなやり取りをしていると、目的地の市役所へと到着したのだった。


 市役所の前では講習会の受付が行われており、受付完了した人から順にバスに乗ってく。

 講習会場は、近くの山の中にあるダンジョンの入り口付近にできた訓練施設で行うそうだ。

 僕も受付を済ませバスへと乗り込む。

 バスには様々な年代の人が乗っていたけど、やはり若い世代が多く見える。

 隣に座った男の子なんて、明らかに高校生くらいだ。

 本当に大丈夫なのか心配になってきた……って、これが父さんたちの心境なのかな?

 

 市役所を出発したバスは、しばらくすると目的地に到着したようで、訓練施設敷地内へ入っていく。

 バスを降りた僕たちは、講習会場である訓練施設の大会議場へ案内された。

 中にはすでに100人くらい人が集まっており、係員から空いている席に座るように促される。

 どこに座ろうかと思って見回していたら……前の方しか空いていない……うん、あるあるだよね?

 仕方ないので、僕はあきらめて前の方に座る。

 机には講習で使用すると思われるテキスト関連とともに、複数のアンケート用紙が置かれていた。

 軽く中身を確認してみたけど、テキストだけで結構なボリュームになっている。


 それから少し経つと室内が暗転した。

 何事かと思い一瞬警戒度を上げていると、壇上にスポットライトが当たり、一人の男性が登壇した。

 格好はまだら模様で、厳つい顔の人だった。


「えぇ、お集りの皆さんおはようございます。本日は探索者講習会にお越しいただきまして誠にありがとうございます。本講習は探索者になるための法律等座学と、実技訓練。最後にダンジョンを体験していただきます。」


 男性が話し出すと、若い子たちがざわつき始める。

 おそらく最後のダンジョン体験に反応したのだと思う。

 僕も少しだけワクワクしてしまった。

 少しだけですよ?本当に……


「皆さんお静かに。えぇ、本講習の責任者を務めます、陸上自衛隊・東北方面隊・第9師団所属の一ノ瀬 潤 三等陸尉であります。脇に控えますのは本講習をサポートする同じく陸上自衛隊・東北方面隊・第9師団所属の自衛官であります。」


 一ノ瀬さんの声に若い子たちは一瞬でだまり、ピリッとした空気が流れた。


「ふぅ~。堅苦しいのはここまでにしましょう。私も面倒なんでね。」


 一ノ瀬さんがそう言うと、先ほどまで漂っていたぴりついた空気は一転して、弛緩していった。

 壇上にいた他の自衛官たちからも穏やかな空気が流れている。

 もしかすると、こうやって浮ついている空気を一度リセットする意味があったのかもしれないな。

 

 「では、早速手元の資料を確認します。まずは講習用の黄色い教科書。これは法律関連やマナー・ルールなど探索者としてやっていく上で必要なことが書かれています。次の青い小冊子は補足資料で、この近くのダンジョンに生息する仮称【モンスター】と呼ばれる怪異の情報です。最後は誓約書です。本講習では格闘訓練・戦闘訓練なども組まれております。安全には十分配慮しますが、けががないとは絶対に言いきれません。あくまでも自己責任であるという誓約書ですね。すべてが問題なければ誓約書にサインをして机の左側に置いてください。少し時間が経ったら、係員が回収します。ではどうぞ。」


 誓約書を呼んでいくと、先ほどアナウンスがあった通りの内容が記載されていた。

 ただし最後の文章。


 ※本訓練で行われる内容については一切の口外を禁ずる。本訓練中のケガや死亡事故についての一切を自己の責任とし、訓練関係者への賠償等を行わないこととする。


 さすがに一瞬思考がが止まってしまった。

 どこかで、訓練だから安全だって思っていたのかもしれない。


 僕は若干震える手を気力で何とか押さえながら、誓約書にサインをした。

 これでもう、戻れない……大丈夫……


「はい、回収も終わりましたので、いったん休憩を取ります。それと、今回の説明でご納得いただけず、サインされなかった方はこの後帰りのバスが出ますので、そちらに乗ってお帰り下さい。それではサインされた方は今から10分後にここに集まってください。では解散。」


 とりあえず僕は、一旦トイレに行こうと移動した。

 真新しい訓練施設内は結構広く、一瞬迷子になりそうだった。

 大会議場の横には案内板が設置されており、どこに向かえば良いか分かり易く書かれていた。

 訓練施設は大まかに5つに分かれていた。


 1つは今僕たちがいる会議棟。ここでは自衛隊とかの会議のほかに、大小さまざまな会議室やブリーフィングルームも備えてあり、探索者は申請すれば使用できるとか。

 2つ目は訓練施設の真ん中に位置する中央棟。ここではダンジョンの受付をしたり、買取をしてもらったりするそうだ。

 3つ目は研修棟。各種研修、罠解除とかその他もろもろの研修ができるって書いてある。

 4つ目は訓練場。訓練場は複数あるみたいで、ここも申請すれば使用可能だそうだ。

 最後の5つ目は自衛隊・警察の詰所らしい。詳しくは記載されていなかった。


 案内板でトイレの位置を確認した僕は、足早にトイレに向かった。

 向かっている途中の廊下で、若い子たちが何か話をしているのが聞こえてきた。

 盗み聞きしようとしたわけじゃないからね?


「なあ、ほんとこれゲームみたいだよな。」

「ほんとほんと、スキルとかまじウケんだけど。」

「俺なんて槍術だぜ?使ったことねえっての。」

「でもさ、これでバンバン金稼いだら会社の上司たちとおさらばできるって考えるとさ……よくね?」

「だなぁ~。」


 うん、どこの上司も大体嫌われるんだなぁ……

 そんな中でも僕は、案外恵まれていたんだと心から思った瞬間だった。

 ただ、ここでも一つ懸念があった。

 この子たちはまだ現実として受け入れられていないのかもしれない。

 若い子を探索者にするのは良いのか悪いのか……

 僕には分からなくなってしまった。

 

 あやばい、トイレトイレっと。


 それから僕は足早に近くのトイレへと向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る