第7話 恋と神秘のリブレット!
「これは……何?」
「SNS。動画配信サービス、T―TYUBE。そこにあるボクたち、アンジュバールのページ。オルスで習ったよね?」
「あっ、あ、ああっ……そんなっ」
「偶然って怖いよねー。まさかオルスのスカッドチーム名がアンジュバール。そして転移先の少女たちの組んでいるグループ名もアンジュバール。しかも!」
「あ、アイドル……ゥ!?」
それは概念として知っていた。単語として習っていた。地球の日本では可愛らしく、時に華麗に、時に艶やかに着飾って踊り謳う少女たちがいて、彼女達はアイドルと呼ばれていること。
芸能活動を応援してくれるファンがいて、彼らは好きなアイドルを推し、と呼ぶこと。そして、もちろん――自分が転移した相手、愛川玲がそのアイドルの卵であることも……知っていた。
「その通り! これからボクと玲はアイドルグループ、アンジュバールとして活動していくんだよ! 地球で過ごす表の顔。もしできないときは――」
「でき、ないとき……は?」
もしかして処分? 厳しい罰則でも待っている? 地球社会はそんなに厳しい社会体制になってしまったのか――などと、玲の頭にさまざまな憶測が飛び交う。
「解散になったら……ここを失います」
「ここ?」
沙也加はここ、マンションの部屋、と天井を指差した。
「真冬のいま、事務所から解雇されたら行き場ないんだから! ほら、覚悟を決めて、アイドルなんだから!」
「そ、そんなああっ!」
「では、いきまっーす! 放送開始!」
沙也加の人差し指が、パソコンのボタンを軽やかにパシンっと叩くと、タブレット端末にカメラが起動して、動画配信が開始されたのだった。
「え、ちょ、どうしたら」
「はーい、こんばんは! みんななにしてますかー? アンジュバールの水色担当、恋水沙也加です。恋する水と書いて恋水! みんなの熱いハートの声援を待っています。今夜は大ニュース! この動画は見てくれたかなー? 概要欄を確認してね」
PC画面に動画が再生され、自分が映っているのを見て、思わず玲は手にしていたタオルで顔を隠そうとする。
異世界からやってきたって、中身は女の子。
風呂上がりのすっぴんを晒す度胸はない。
「ほらほらー隠さない、隠さないー。どうですかーみなさん。風呂上がりの玲ちゃんは! 綺麗でしょ、化粧しなくたってこんなに可愛いんだよ。ボクが独り占めしちゃいたくらい!」
「や、待って、無理―」
「ほーらほら、無理じゃないのー無駄な抵抗はよしなさいー」
怪しい犯罪者のような発言をしながら、沙也加は玲の隙をついて持っていたタオルを奪ってしまう。反射的に両手で顔を覆ったら、オートリテ満載の沙也加は怪力を発して玲の手を下ろし、そのまま抱き着いてきた。
「いった」
「あー玲ちゃん、かわいいー。みんなに挨拶して、ここでバレたら」
「あ、う、うん……」
そっと耳元でささやかれて、玲はじたばたするのをぴたっ、と止めた。オルスで学んだ愛川玲のグループにおけるポジションカラーは黄色。挨拶はもちろん、さきほど沙也加が叫んでいたやつだ。
「ほら、元気になったところみんなに報告して、玲!」
「え、とその……アンジュバールの黄色担当、愛川玲です。愛がたくさん詰まった川にぷかぷかと浮かんでます……元気になりました」
「玲ちゃん、復活です! ぐーたらに寝起きしていた二週間は、なんと潜伏期間だった? ますますアイドルとして成長できるかも?」
「ちょ、沙也加。あんまり持ち上げないで」
「玲はさっきまでのんびりと昼寝していて夕方、目覚めたばかりだから、あんまり元気ないんだよね。でも大丈夫! ボクがきちんとサポートするからね!」
「どんなサポートするつもりなのよー、もうっ」
「それはもちろん、玲の復帰を口実に、こうして玲を愛でることだよ!」
「サポートじゃなくて、沙也加の欲望を満たしてるだけじゃない!」
「へっへー。ボクだけの特権だもんね」
「ちょっ、やめっ、どこ触ってんの! 配信に集中して!」
ぎゅむ、ぎゅむ、と沙也加が抱き枕みたいにするものだから、玲は必死に突破口を探してもがく。配信、と言われて沙也加の暴走が少しだけ止んだ。
「あ、忘れてた。そうそう配信でした。あー……でもすくなっ」
「え、少ないってどゆこと?」
「こゆこと」
視聴者は全部で18人。アンジュバール通信、と題されたこのチャンネルには登録者数3000人しかいなくて、いきなりの配信を始めたらしく気づいた人が少ないようだ。
「登録者多いね」
「うーん、まあ、それはさておき。せっかく玲が昼寝から目覚めたのになー、残念」
「わ、私、なんかしようか? あ、愛川玲です!」
玲はぎこちなく決めポーズを決める。
知識として見ただけのもので、いきなり再現してもあまり決まってなかった。
どうにかしてこの場を盛り上げないといけない、と玲は頑張るがまったく様になっていない。
「どうしたのかなー? 玲、いつもの切れ味ないじゃん」
「ご、ごめんね。起きたばっかりで脳がまだ寝てるのかな」
「脳が寝てるってなにそれ、玲はちゃんと目覚めてるじゃん。ただ勘が戻ってないだけ」
「そ、そうなのかなー。ははは」
な、なにかやらないとこの場を取り繕えない。
玲は壁際にかかったラックのなかに、CDを見つける。そこにはアンジュバールがこれまでに出した楽曲のシングルがいくつかあった。
「どうしたの、歌うの?」
「へ? うたあっ?」
「だって、それボクらのCDだよ。みんな、玲の歌、聞きたいよねー?」
沙也加がCDを取り出してデッキに挿入する。
軽快なテンポの音楽が室内に鳴り響いた。
玲はこの曲を知らない。
でも、視聴者のために楽しんでもらわないと、と思い楽曲に合わせてリズムを取り出す。
すると、沙也加が「じゃあ、ボクもやらないと!」と叫んで、立ち上がり玲に教えるように踊り始めた。
動画の画面いっぱいに二人が映り込む。
玲は沙也加が軽やかな踏むステップに合わせてステップを踏み、「次は右手を上げて、左手は頭の後ろ、足は大きく前に!」と教えられた動きに必死についていく。
歌と歌の合間で曲調が変わると「ここ、ボクのパート!」と沙也加が嬉しそうに言い、悔い狭いリビングでくるっと後ろに一回転して、ポーズを決める。
エアーマイクを手にした沙也加は、ふっと得意げな顔になると堂々とラップを始める。
『冷たい夜に泣きたいかも 君の声援届かないかも
あるはずの未来消えていく 諦めたら終わる私の過去
だから取り戻そう 自由が欲しいなら歩き出そう
たった一歩のワンウォーク それが始まりのベストウォーク……』
ほんの十数秒間、フリースタイルでビートを決めてカッコよく輝いていた。
「沙也加……凄い」
「ほら、玲も! もう一回!」
くるっと左にターン。そして右足を引いて、前に二度ステップ。
沙也加の真似をしてエアーマイクを手にした玲は、沙也加が『君のことがすきだから』と歌詞を早口で叫ぶのを聞いて、曲に合わせて歌い出す。
『かがやいて見えるよ、わたしたちの――』
流れるように歌う玲はまるで本物のアイドル、『愛川玲』みたいだった。
沙也加は融合が完了したんだ、と玲の歌う姿を見て聞こえないようにつぶやく。
でも、玲は動いた唇を読んでいて、まあね、となぞめいた顔をしてみせた。
「え?」
と、沙也加は歌と歌の合間に流れたビートにかぶせて質問する。
タブレットのマイクは音に紛れたいまの疑問の声を拾うだろうか? あとから修正したのをネットにあげておかないといけないな、と頭の片隅に残してふたたび、玲に合図した。
ふるふると二回、指先を振る。
あと二度、ターンをして――という意味だ。
玲は合図に従ってくるくると回ってみせ、「最後は両手をひろげてピースっ」と手をちょきの形にして玲に伝える。
「恋と神秘のリブレット!」
確かこちらの世界、地球のヨーロッパ地方になるイタリアという国の言葉で、小さな本、冊子を意味する単語だったはず。
リブレット。
小冊子にどうして恋と神秘が収められているのか謎だった玲は、うーん? と視線を右上にやる。
恋にしても神秘にしてもそんな薄くて小さなものにまとめられるのか、謎だったからだ。
ああ、恋。
そうか、恋……か。
アイドルって恋や愛を歌や踊りで体現する存在だった。
玲はなんとなくこの歌のタイトルや歌詞に込められた意味が分かったような気がした。
でも、まだ恋はしたことないんだよね。
二人で決めたポーズ。
でも本当はアンジュバールの五人が勢ぞろいして形になるものだ。
PCに映った自分たちの立ち姿がどうにもしまりがないもののような気がして、玲はちらっと沙也加を見た。
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