第6話 混浴と解散と
「これがシャワー。ここを回すとお湯が出るから。ちゃんと湯船につかってね、じゃないと風邪ひくよ」
「はーい……」
空を飛んで戻ったのは、沙也加の部屋だ。ベランダに到着したとき、周囲に見られやしないかと玲はひやひやしたが、隣のマンションの壁がまえにあり人気はまるでなかった。
もう何度もベランダから出入りしているという沙也加は、平然として靴を脱ぎ、玲を風呂場へと連れ込んだ。
教わった手順に従い、熱いシャワーを全身に浴び、身体を洗ってから浴槽にはった湯船に全身をつけると、例えようのない高揚感に包まれて、玲は安堵の声を漏らした。
「はあ……いいなあ、これ」
オルスではシャワーを浴びることはあっても、長くお湯につかるという習慣はない。
そのせいか、オルスから地球の日本という国にきたのだ、という感触をこれまでより強く実感できた。
「玲、シャワー使い終わった?」
「えー終わったよー。どうしたの」
「うん、ボクも入るから」
答えると脱衣場で服を脱いだ沙也加が、浴室にはいってきた。
小柄な二人の裸体を湯気がおおっていく。
玲は憑依した日本人、愛川玲の肉体より、沙也加の肉体のほうがより豊満な胸をもっていることに、軽くコンプレックスを抱いた。
さらに、年頃の少女らしく沙也加の肉体はほどよい脂肪で包まれていて、肌は水をはじき瑞々しい。
それは玲も同じだ。
「どうしたの?」
「ううん、前より筋肉減ったなあって」
「ああ、この子たち、そんなに鍛えてないからね。オルスのスカッドで鍛えたボクたちの以前の肉体と比べたら、その意味では可哀想かも?」
「ほら、このへんぷにぷに。前は胸もおしりも私のほうがあったの!」
「へっへーん、今度は逆転だね! 玲の胸、ぺったんこだし」
そう言い、沙也加が冷たい手を玲の胸にぴったりと押し付けてわしっ、と掴もうとする。玲は慌てて身をよじり、魔の手から逃げ出した。
「うるさーい! でも、髪まで真逆だね」
「そうなの。ボク、前は腰まであったのに……こんなに短くなっちゃって」
とほほ、と沙也加は自分の髪を指先で弾いて悲しげな顔をする。
「けど、二人だと狭いの困るね……。沙也加、入るのあとからでも良かったんじゃない」
「光熱費が高くなるの」
「こうねつひ……?」
シャワーを使って頭を洗い出した沙也加が、この日本では水を使うのも、お湯を焚くのも、お金がかかるのだ、と言った。
電気代だって高くつくから夜は早く寝てね、と忠告されても、玲にはお金がかかる意味がわからない。
だってオルスにいたころは軍に所属していたから、生活費なんて気にする必要もなかったからだ
「こっちじゃお金を稼ぐのが大変なんだ。あ、玲が復帰できますってマネージャーに言わなきゃ。二人分のバイト回してもらえるかもしれ合い」
「バイト?」
「そう、バイト。ほら、そこ開けて」
「あ、うん」
湯舟は狭い。玲ひとりが入ったら満杯だ。足だって満足に伸ばせない。なのに、沙也加は隙間を開けろという。
玲が膝を抱えると、沙也加が対面するように湯船に侵入してきた。
途端、お湯が溢れてそとにこぼれだす。
もったいないな、なんて思っていたら沙也加は「はあー」なんておじさんみたいな声を出して全身の緊張を解いていた。
「なにそれ、へんな沙也加」
「なにって、いいじゃん。ボクはひとりではいれないから、不満ですー」
「だって沙也加が一緒に入るってきたんじゃない」
「これも生活の知恵!」
ピン、と指先を立てて、沙也加はかっこつけた。
その横顔に、沙也加になるまえのアニーの面影がよぎる。
「まえは長かったのにね、髪」
「ああ、これ? こっちだと真反対だね」
玲の長い髪を手に取って、羨ましそうに沙也加はそう言った。
「オルスだとアニーが長くて」
「エリカが男の子みたいに短かった。この子……沙也加は短いのが好きみたい」
「そっかー。玲ちゃんは、長いのが好き、なのかー」
濡れた髪先を指でぐるぐると巻き付ける。乾かすのが面倒くさいな、と呟くと「ボクがやってあげるよ」と沙也加が男前に言ってくれる。
風呂からあがったら、冷たい水を飲んだ。やっぱり変な味がして顔をしかめていると、沙也加がコーラをコップに注いでくれた。
炭酸の不思議な口当たりに戸惑いながら着替えて暖房の効いたリビングで座り、ドライヤーで髪を乾かしながら、沙也加が思い出したようにこの二週間あったことを教えてくれる。
「ボクたち、レッスン中に転移したんだ、この子たちの中に。みんなは問題なく目覚めたけど、玲だけ、意識不明になっちゃって。病院とか会社とかいろいろと言い訳するのが大変だった」
「病院、会社?」
「そうそう。先生が脳波診断したときなんか、玲のなかにエリカがいる、とか別人格があるとか言われるんじゃないかと思ってひやひやした」
「え!? そんな危険があるなら、排除しないと」
「大丈夫! 大丈夫だから。この世界の医療は、そこまで進んでいないんだ」
「そう……なん、だ」
立ち上がろうとする玲の肩を押さえて、沙也加が問題ないと告げる。
知りたいことがたくさんあった。
仲間の……残りのアンジュバールメンバーのことだ。
それ以外にもたくさん。エヴォルのことや、転移したあとにオルスとの連絡が取れているのか、あちらから援助はあるのか、いろいろと聞きたいことがやまほどあった。
「ほら、これで乾いた。動かないでね、簡単に巻くだけでいいかなー? 玲はいつも編んでたし」
「編んでた?」
ほら、と沙也加の指さす方向を見ると、最初に目覚めたときに見つけた写真の一枚があった。
あの派手でフリフリのたくさんついた黄色の衣装を身にまとい、踊っている一枚だ。それ以外にも、同じ柄で色違いの緑色の衣装を着た沙也加とのツーショットも何枚かある。
どの写真の玲も、緩くふわっと髪を二つに編んで、左肩から垂らしていた。
「おなじようにしないとバレるでしょ」
「バレるって……誰に?」
いまから人に会う予定などない。そんな話は聞いてなかった。
いいからこれ着て、と寝ていたときに身に着けていたパジャマと色違いのやつを渡される。衣装と同じ、黄色だった。見ると沙也加も同じデザインで色違いの緑色のパジャマを着始めた。
「ちょっと、アニー! なに企んでるの」
「ちっちっち。困るなーお姉さん。日本ではアニーじゃなくて、さ、や、か。ちゃんと沙也加って呼んでよね、エリカ。あ、玲だった」
「だったじゃないわよ! どうするつもりなの、こんな、まるでお揃いの――」
衣装のような格好をして。と口にしようとして、沙也加が手にした物体を見た玲は絶句する。
それは、充電されたいたタブレット端末だった。背面の丸い部分がカメラ構造になっていて、写真や録画、動画などを撮影できると予備知識で学んでいたからだ。
「撮るの、え、撮るの!? やだ……恥ずかし」
「なに、恥ずかしがってるのさ、玲。これからあんな衣装だって着るんだよ」
「え、だって――」
沙也加が指さした先。そこにあったのは、あの恥ずかしいフリフリの衣装を着て踊る玲や沙也加、その他の子達の写真だった。
写真ごとに衣装が異なるものもあり、そのどれもが露出が激しく、下着が見えそうなくらいスカートだって短い。
「アンジュバールは、活動しないといけないのです」
「はっ、え? アンジュバールってスカッドの……」
名前だよね、と玲は告げようとする。タブレット端末を設置し終えた沙也加は、机の上に合ったノートパソコンをもってきて、電源を入れる。
「これから玲の元気になった姿を放送して、みんなに喜んでもらうの」
「だから、なにいって」
「スカッドだけじゃないんだよ、玲」
沙也加がPCの画面を玲にさっと、向けた。そこにあったのは、カタカナでアンジュバール! と書かれたテロップと、その下にたくさんのタイトルがついた動画がずらっと並んでいた。
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