第13話 初めての外食
「わぁ、これが機関車かあ、大きい」
サンゴは初めて目にする蒸気機関車に目を奪われている。鮮やかな赤いラインが塗られた鋼鉄の黒い車体は夕日を反射しながら、停車していた。彼女は目を輝かせながら、蒸気機関車の周辺を楽しそうに飛び跳ねている。
「そんなことより、宿を探すぞ、俺は疲れてるんだ」
トレピシックの町に到着すると、サンゴは先程の疲れが嘘のようにダリルの背を蹴り上げ地面に飛び降りる始末だった。
トレピシックはデイゼルの町の三倍以上の面積を持った蒸気機関車の主要都市だ。この町を中心に、大陸全土のあらゆる都市へ膨大な数のレールが繋がっている
。
近年では有害な煤煙やガスを排出することで人体に悪影響があると問題視する声が上がっているが、この大陸での主要な交通機関として、長く愛されている。
町の中に大昔からある洞窟では、特殊な鉱石を掘ることが出来るらしく、鉱員の稼ぎ柱ともなっている。その為、専属鉱員を雇い、安く鉱石を手に入れるジャンク技師も少なくない。稀に自分で掘り始める技師もいる程である。
その為、ジャンク技師の町デイゼルとは歩いて半日という距離である故か、商売関係上、密接に関わりのある主要都市と言える。
ダリルもトレピシックの町へは、金属の調達や、ジャンク品即売会で何度か訪れたことがあった。ジャンク品に関するイベントごとも盛んなのである。
「お、宿だ」
ぱっと目に付く派手な宿屋。その隣にはこじんまりした小さな宿屋がある。
ダリルは迷うことなく小さな宿屋へ向かった。彼は節約家な面もあるのである。
ダリルにとって、身体を休めさえ出来れば、野宿でも全く問題ないのだが、絶対宿に泊まること、とダヴィットに念を押されてしまっては、そうするしかなかった。ダヴィットは、ダリルの育て親であり、恩義もある。それに、ジャンク技師としての師匠でもある。自分の生きる為の道筋を作り、十八に成るまで、ずっと支えてくれた人物なのだ。
実はダヴィットに仕送りをしていたりもする。……稼ぎが良いときは。
ダリルは凝った肩を撫でながら、宿に掲げられた掲示板の価格を確認する。
「んだよ、そこそこ良い値段するな、足元見やがって。このやろっ」
思わず舌打ちをするが、まあ仕方が無い。手持ちの金を確認すると、振り返った。
「おいサンゴ、機関車は後でいくらでも拝める。早くこっち来い」
「ほんとに?」
「お前、俺達はこれからあれに乗るんだぞ? 拝む何てもんじゃねえ、てか拝むな」
二人は宿に入ると、部屋の鍵を受け取った。
質素な作りの階段を上がり、指定の部屋で鍵を回すと、部屋に入った。
つくりは素朴だが、外観と比べると、部屋の中は二人にとって思いの他、豪華に見えた。
「おお、ふかふかのベットじゃねえか!」
ダリルは部屋に入ると、純白のシーツを被ったベットへ飛び込んだ。
「ああ、ずるい、わたしもそれやりたい!」
サンゴは頬を膨らますと、ベットに仰向けになるダリルに向かって飛び込んだ。
「とうっ」
「ぐっはっ」
シングルサイズのベットに二人で寝転ぶと、自然と笑い声で満ち溢れた。
* * *
二人の乗る機関車の出発時刻は明日の早朝だ。
夕食の時間になると、宿を出て繁華街へと向かった。
トレピシックの夜は、仕事終わりの鉱員達が、酒を飲みに街へ繰り出す。ギャンブルや街中で起こる乱闘騒ぎなども、この街のちょっとした名物となっている。
街頭が灯り、昼とは違った美しくも落ち着いた街並みへと変わっていた。
二人はそんな大人達が蔓延る夜の街を歩いた。
サンゴは胸を躍らせながらも、ダリルの傍を少しも離れなかった。
「サンゴ、お前何食べたい」
「卵焼き!」
サンゴは待ってました、と言わんばかりに元気良く、そう返事した。
「お前なあ、せっかくの外食なんだから、卵焼きはねえだろ」
「ええ、でも好きだよ、ダリルの卵焼き」
「ぉ、おお……」
ダリルは少し頬を染めると、高めの鼻を軽く擦った。
「なに? どしたの?」
「何でもねえよ。よし、じゃあ俺の行きつけの店に連れて行ってやる」
「おおおお」
「いや良く分かってねえだろ、お前」
「えへへ」
こそばゆい笑顔をダリルに向けると、「あっちだ!」と指差し、街を走るダリルに付いて行く。
ダリルとなら何をしても楽しかった。いつまでもずっと一緒に居たい。いつの間にか、彼女はそう思うようになっていた。
「スペシャルを二人前をくれ」
「はいよ」
ダリルの行き付けの店に入ると、そこは仕事帰りの汗臭い鉱員達で溢れ返っていた。
ダリルとサンゴは木のテーブル席についた。
「人がいっぱい居るね」
「そうだな、お前外食するの初めてだもんな」
注文して、しばらくすると料理が到着するシステムらしい。サンゴは店内を注意深く見渡した。
「あの長いのは何?」
「あれはカウンター席だ、一人客の為の席だ」
「独り……その言葉はなんだか寂しいね」
サンゴは今まで独りぼっちだった。寂しいという感情もここ最近覚えたことだ。
でも、今なら何故そう思ってしまうのか、サンゴには分かっていた。
それは今後もサンゴを苦しめることになるのであろう。でも、今はそのことを考えたくは無かった。
しばらくすると、料理とジョッキ樽を店員が運んできた。
「独りが寂しいか、そうかもな。でもサンゴ、お前はもう違うぞ」
少し前までのダリルからはそんな言葉は恐らく出なかっただろう。
ダリルなりに、サンゴに気を使って言った言葉だった。サンゴの孤独になりかけていた心に一筋の光が射す。
「仲良しのがきんちょ達がいるじゃねえか」
「ん……、そ、そこは、俺がいるじゃねえか、じゃ無いの?」
サンゴは一瞬でもダリルのことを格好いい、と思ってしまった自分を恥じた。
「ふぇー? なーんで俺ちゃんがそんなこと言わなきゃいけないのよーん、ばっかーん」
「へ?」
ダリルの様子がおかしい。顔を赤くし、呂律が回っていないようだ。目も半開きだ。
「ダリル、どうかした?」
「どうもしません、俺ちゃんは天才的センスを持った、神童技師のダリル様さ。相棒のこいつで、悪を滅ぼし世界を救ってやるんだぜ」
「え、え?」
突然のことで、サンゴの頭は混乱し始めた。
ダリルが口にしているジョッキ樽から怪しい匂いがする。
急いでダリルの手からジョッキ樽を取り上げると、指を入れ舐めてみる。
「べっ、苦い! なにこれ」
初めての酒の味に驚愕するサンゴ。
「おうおう、おねーちゃんもいける口ですかぁ。良いでちゅねえ。今夜は一緒に飲み明かしましょうねえ、一緒にねるか! うっへっへ」
「ダリルが変になった~、やだぁ!」
真っ赤な顔で、サンゴに酒を勧めるダリル。嫌がるサンゴ。
ダリルが可笑しくなった、と勘違いしたサンゴは、店内で叫びまくると、顎ががっしりした強面の店員が訪れ、二人は店内から摘み出された。
気が付くと、空にはきらきら輝く満天の星。
二人で地に寝転びながら、ダリルは真顔で言った。
「サンゴ……これが外食だ」
「わたし、もういい」
初めての外食を知ったサンゴなのであった。
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