第11話 帰んぞ

 ダヴィットの家に到着すると、ネイブが温かい布で身体を拭いてくれた。そのままリビングに通されると、温かい紅茶を差し出してくれた。


 ダヴィットの家の屋根をものすごい豪雨が叩きつける音がする。


「ダリルと喧嘩でもしたか?」


 ダヴィットはいきなり核心を突く。お見通しとも言わんばかりの笑顔で笑った。


「ぅ、うん……」


 サンゴは頬を赤く染めると、麗しい香りの紅茶に鼻腔をくすぐられる。


「はっはっは、ダリルと違って、お前は素直な良い子だな」

「そうでも、ないよ」


 ほう、とダヴィットも紅茶を一啜りすると、笑みを浮かべた。


「ダリルのことは許してやってくれ。あれでもきっとお前さんのことを考えてのことだ。あやつは昔から素行も悪く、乱暴で子供みたいな奴じゃが、根は誰より純真じゃ」

「ダヴィットがダリルのことをそんなに良く言うなんて、珍しいね」

「だれが、あんなへなちょこ」


 口をへの字に曲げて異を唱えると、ダヴィットは長い顎鬚を触りながら、席から立ち上がった。


「あいつはな、産まれたときから親の顔を知らん。捨て子だったんじゃ」


 初耳だった。ダリルからも、他の皆からもサンゴはそんなことを聞いたことが無かった。


「わしも幼くして親を無くしはしたが、親からの愛情という物を、少しは受けることが出来た……だが、ダリルは親を知らない。愛なんてものとは切り離された暗く冷たい雨が降る路地裏で、何も知らない赤子が泣いておった。だからわしが拾い、親代わりに育ててきた。まあ結局、あんな素行の悪いがきのような大人が誕生してしまったわけだが……」


 ダヴィットは苦笑すると、雨で濡れた大窓の前に立ち、何処か遠い昔を思い出すような表情をした。


 ダリルとダヴィットの間には、色々な出来事があったのだろう。昔の二人をサンゴは少しも知らない。でも相手のことをこんな風に理解しているということは、お互いのことをそれだけ思っていられるからこそなのではないか。


 自分はダリルのことを、どう思っているのだろう。

 ダリルは自分のことを、どう思っているのだろう。


 ダリルが親に会いに行くべきだと提案したのも、感情的に怒鳴ったのも、すべて自分のことを思ってくれているからなのかも知れない。


 それだけ、自分はダリルに大切にされている。それなのに、自分は酷いことを考えてしまった。

 心の中では分かっていた。でも、自分は不幸だ、と思いたかっただけなのかもしれない。


 すぐ傍で喉を鳴らしたダヴィット家の大型犬、ナッツがサンゴの頬を舐めた。


「へへ、くすぐったい」


「あいつは独りで寂しそうにしている奴にどうしても手を差し伸べてしまう。飼えもしないくせにな。おかげでこの様じゃ」


 周囲に集まってきた、沢山の家族達に手を広げると、皆ダヴィットの胸の中へ顔をうずめていった。


「この町であいつ程心の澄んでおる者をわしゃ他に知らん。素直じゃない意地っ張りな所はお前さんも良く分かってるじゃろう」


 小さく愛らしい家族達を撫でながら、ダヴィットは優しい表情でそのまま続けた。


「なかなか本音を言葉に出来ない奴じゃ。恥ずかしがり屋なんじゃよ」

「うん」


 サンゴはナッツの首元をくすぐると、ナッツは首を身体に擦り付けてきた。


「因みに今日のことはダリルには黙ってるんじゃぞ」

「ん? 何のこと?」


 動物達を撫でるダヴィットの手が忙しなく感じる。


「いや、だから……あの、あれじゃ、わしが……」

「この人がダリルちゃんのことをサンゴちゃんに素直に喋ったことですよ」


 何処からとも無くネイブが穏やかな笑みを浮かべて、茶菓子を片手に現れた。


「お前はまたそんなことを……」

「育てた側も育った側も似るもんなんですよ。サンゴちゃんもダリルちゃんに良く似てるわ」


 ダヴィットは困った表情を浮かべるが、ネイブはずっと笑顔だった。

 膝上の猫を撫でていると、窓を見ていたダヴィットはにやりと笑った。


「ほれ、サンゴ、そろそろ迎えが来るぞ。支度せい」

「迎え?」


 ものすごい勢いでダヴィットの家の屋根を叩きつけていた雨は、やがて小降りになっていた。

 大きな窓から見える景色は、いつの間にか夜空一面に幾千の星達が輝いていた。


 結構長い時間滞在していたらしい。

 少し乱暴にダヴィット家の扉が開いた。聞き覚えのある、ちょっと乱暴な扉の開け方。


「じーさん。この前の報酬金が良かったから、ちょっと分けてやるわ」


 ダリルは大きな音で開けた扉とは裏腹に、小さな足取りで俯きながら家の中に入ってきた。


 手に持つ巾着袋をじゃらじゃらと鳴らしながらテーブルに置いた。視線をサンゴに落とすと、出口を顎で指した。


「……なんだよ。おら、帰んぞ」


 仏頂面のまま耳を少し赤く染めて鼻を擦り、踵を返した。

 きっと、この寝癖頭の大人は素直じゃない。尋常ではなく。


 謝るつもりだったのだろうが、どうにも恥ずかしかったから、理由を作って迎えに来てくれたのだろう。そのことが、サンゴはたまらなく嬉しかった。


「ふふふ、うんっ」


 サンゴも、にっと頬を上げると、不器用な大人のぴんとしない背中を追った。


「まったく、面白いくらいに素直じゃない奴じゃのう。金なんか滅多に置いていったことも無いくせに」

「貴方とそう変わりませんよ。とても似てます」

「じゃかしいわ」


 ダヴィットは笑うと、自身の逞しい腕に稲妻のように刻まれている切り傷を撫でた。


「手のかかる奴だった。だが、昔よりは大人になったのかもしれんな」


 ダリルとサンゴの大小並んだ背中を見て、ダヴィットは目を細くした。

 小さくなっていく二人の姿に微笑むと、ダヴィットは昔を思い出した。



「ねね、あれ、すごい光ってるよ」

「星なんかに興味ねーよ」

「また、そんなこと言っちゃって。星の本を夜読んでるの知ってるもん」

「うるせ、ぶっ叩くぞ」

「暴力はんたーい」


 今宵は煌びやかな星達が舞踏会でも見せてくれているかのように、とても綺麗に輝いていた。

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