第3話

 ぼんやりと浮かび上がる人影が、だんだんと鮮明になっていく。

 ゲッ、天沢⁉︎ なんでこんなところにいるのよ!

 眼鏡を直しながら、足組みをする天沢の姿があった。本を手に持ち、こちらに気づいたのか、シッシッと手のひらで払い除けられる。

 気にするな、とでも言っているのだろう。普通に気にするし、気が散って仕方がない。


「どうかしました?」

「ううん、なんでもない」


 会場の照明が消えた。ジュースをサッと戻して、前を向く。

 もしかして、私のことが心配で様子を見に来たんじゃないか。ふと、そんな脳内お花畑な考えが浮かんだ。

 これはチャンス。神様から与えられた試練に違いない。


 映画を見終えてから、正木くんが気に入っている雑貨屋さんへ行くことになった。並んで歩きながら、キョロキョロと辺りを見渡す。

 距離を取っているけど、やっぱりついてきている。天沢ったら、素直じゃないんだから。

 アンティークな建物の中には、女子が好きそうな小物がたくさん置かれていた。さすが、モテる男。

 目を輝かせる私の横で、正木くんがペアのピアスを手に取った。


「なにかおそろいの物買いません?」


 店の外に天沢の姿を確認して、わざとらしく彼の腕に触れる。


「いいね、買う買う!」


 さあ、よく見て。天沢、そろそろ嫉妬して。ちょっと待った、と乗り込んで来てくれてもいいんだよ?

 気づいたら、店外の人影が消えていた。できる範囲を探してみるけど、いない。

 初めから、わかっていたことじゃない。都合よくとらえて、自惚うぬぼれて、一人でバカみたい。


「椎名先輩は色白だから、こうゆうブルーのアクセサリーが似合いますよ。ほら、すっごくカワイイ」


 女子ならドキドキしちゃうようなセリフを言われているのに、上の空だ。

 妬いてくれるかも、なんて図々しい感情を持っていたことに、今さらながら恥ずかしくなる。


「ピアス空いてないんだ。意外」


 耳たぶを触られて、ほろりと雫がこぼれ落ちた。あたたかい正木くんの指先が、余計に傷口に染みる。


「待って、あの、すみません。調子ノリすぎ……ましたよね」


 気まずそうに、正木くんが頭をくしゃっとした。


「反対だよ。最低なの、私。正木くんの気持ち利用して、自分のことばっかりだった。ごめんなさい」


 深く頭を下げて店を出た。呼び止める声に振り向くことなく、足早に先へ向かう。

 ああ、消えちゃいたい。

 公園の前を通り過ぎようとしたとき、見慣れた顔があった。天沢薫だ。のんきに缶コーヒーを飲みながら、こちらへ視線を上げる。


「なんだ、泣いてるのか?」


 どうしているのか。なにをしているのか。そんな疑問が吹き飛ぶほど、涙があふれて止まらない。


「バカ、天沢のバカ」

「いきなりなんだ。俺は成績学年一位なのだが」

「泣いてる女子に言う? ふつう。肩抱き寄せて、甘いセリフのひとつやふたつ言ったってバチ当たんないよ」

「……悪いが、そのたぐいはよくわからん」


 あまりに正直すぎて、逆に吹き出してしまった。いつも通りのやり取りに、下がっていた口角が緩む。

 これでこそ、天沢薫だ。気の利いた言葉は何もくれないけど、私の心を鷲掴みして離してくれない。

 頬に広がる雫を拭っていると、少し後ろを歩いていた正木くんが追いついて。


「あれ、天沢先輩。まだいたんですね」


 驚く様子もなく、平然とした口調で言った。ああ、と何事もなかったように、天沢が答える。

 ハテナを浮かべながら、二人の顔を交互に見上げて。


「……どうゆう、こと?」


 空が夕焼け色に染まっていく。カラスの鳴き声と一緒に、正木くんの明るい声が公園に響いた。

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