クリスマスの贈り物

@oka2258

第1話

「ねえ、何度も言っているけれど夏休みに私の実家に一緒に来て欲しいの。

もう何度も頼んでいるわよね」


瀬奈は真のワンルームマンションで、彼が自分が作ったパスタをテーブルで食べている時に話しかける。


「ちっ。

又その話かよ。

そのうちに結婚するからその時に挨拶に行くよ」


真は面倒くさそうに、ズルっとパスタを掻き込みながら言う。


(昔は料理も交代でとか、皿洗いをするとか、言っていたけれど、もう全てアタシがやるのが当然のような顔をして)


そしてこの言い訳ももう何年聞いたことか、

そう思うと怒りが込み上げてくる。


瀬奈ももう27歳、20代のうちに子供を産みたい。そうするとそろそろ結婚しておきたいし、親もたまに聞いてくる。


彼氏がいるとは言ってあるが、一度連れてきなさいなと、母親に言われたのだ。

瀬奈としても、もう4年も付き合っていて、今だに踏ん切りをつけない真にイライラしていた。


「すぐに結婚してくれとは言ってないのよ。せめて挨拶ぐらいしてくれてもいいじゃない」


だんだん声が大きくなる。


「うるさいな。メシが不味くなる。

そのうち行くって言ってるだろう」


真の声も荒くなってきた。

瀬奈は、冷静に話し合うつもりだったのにと思いながらも怒りを止められない。


「いつかっていつよ。

いつも同じ言い訳ばかり。

もうハッキリして!」


「そんなにうるさく言うなら別れるか?

俺はお前と切れてもいいんだぞ!」


真のいつものセリフが出た。


就職して同じ会社で知り合って、惚れ込んだのは瀬奈の方だ。  


イケメンの真は女に不自由しておらず、瀬奈は何度もアタックしてようやく付き合えた時は本当に嬉しかった。


女の扱いにも慣れていて、話は面白い。

いい店を知っていてスマートにエスコートしてくれる。

ベッドの上でも上手だった。


4年間に何度も浮気され、約束を破られても、喧嘩になってこのセリフを言われると、真が好きだからと我慢して、彼女が折れてきた。


でも、と瀬奈は考える。

確かに23歳のアタシには真は魅力的だった。

今の真はどうかしら。


5年も働けば仕事ができる男かもわかってくる。

真は仕事はほどほどにして、遊ぶことに熱意を入れていた。

5年もその生活をしていれば、能力もキャリアも一生懸命仕事をしてきた同期とは差がついている。


「あの遊び人、遊びへの熱意の半分でも仕事に向ければな」


退社時間だからと仕事を途中で投げ出して、どこかで引っ掛けた女とデートに出かける真の後ろ姿に、上司がため息を吐いて嘆いているのを瀬奈は聞いていた。


仕事がほどほどでも、せめて瀬奈を愛して大事にしてくれるならともかく、次々と新しい女を作り、家事をさせたり、お金を借りるときだけ瀬奈を頼ってくる。


だんだんと気持ちが冷めてくると、次々と彼の欠点が見えてくる。


(真と結婚してうまく暮らしていけるのかしら)


まだ惚れた気持ちは残っているが、瀬奈は揺れていた。

それをハッキリさせる為にも彼に実家に来て欲しかったのだが、相変わらずの返事であった。


いつもならここで瀬奈が折れるのだが、今日は違っていた。


「もういい!

アタシ、帰るから」

瀬奈は自分のパスタを残して立ち上がった。


「おい・・」

真が何か言いかける。


止めてくれるのかと期待したが、その後の言葉は「勝手にしろ!」という怒鳴り声だった。


喧嘩別れの後、瀬奈は淡々と仕事をしていた。

真に会っても他人のように表情は変わらない。


「彼と喧嘩したの?」

と聞く同僚には、そうよと端的に答えた。


真の女遊びは社内でも有名だったし、誰もが瀬奈の味方だった。


それから真とは何も連絡を取らずに、瀬奈は夏休みに実家に帰宅する。


いつも喧嘩の後は瀬奈から連絡してきたので、当然のように真は何も言ってこず、社内の友人から聞くと、瀬奈が近くにいないのをいいことにあちこちに声をかけて女の子と遊んでいるようだ。


瀬奈は今度は彼を連れて行くと言っていたのに一人で帰ることになり、気が重いまま帰宅した。


「ただいま」

実家の玄関を開けると賑やかな話し声がする。


「お母さん、誰か来ているの?」

あらあら、お帰りなさいと娘を迎える母に尋ねる。


「ああ、お父さんの親友の高田さんよ。

毎年、夏に来て一緒に飲みに行ってたのだけど、今年は高田さんが足の骨を折っちゃって、息子の晶馬くんが送ってきたの。

彼は昔よく遊んだから知ってるでしょう」


「ああ、晶ちゃんね。

懐かしいわ」


「荷物を置いたら、顔を見せてきたら。

晶馬くんは車で来たから飲めないし、暇そうにしてるわよ」


(晶ちゃんとは、中学生の頃に会ったきりか。小さい頃は両家でキャンプや旅行に行ってよく遊んだわ。

確か、彼が2つ上でわんぱく坊主だったけど、アタシには優しくしてくれた。

最後に会った時は高校生で柔道一直線のむさ苦しい男子だったし、その後は国立大から地元で就職したと聞いたけれど)


荷物を置いてから、少し化粧を直してリビングに顔を出す。


「おじさん、お久しぶりです」


「おお、瀬奈ちゃんか。

すっかり美人になったなあ。

そろそろお嫁に行くのか?」


赤い顔をした高田父がニコニコして話してくる。


「オヤジ、それはセクハラだぞ」


その横で座っている、がっしりした体格と短髪で細い目をした体育会系の若い男が注意する。


(晶ちゃん、大人になったけれど昔の面影が残っているわ)


幼稚園の時には、瀬奈が男の子に揶揄われていると、「瀬奈ちゃんにちょっかいかけるな」と庇ってくれた。


小学校の時には、美人の瀬奈はクラスの中心の女子達にイジメにあっていたことを相談すると、しばらくしてイジメが収まった。


詳しくは言わなかったが、晶馬が一人一人を脅して回ったらしい。


記憶が蘇ってきた瀬奈に、高田父が酔った声で話す。


「瀬奈ちゃん、聞いてくれよ。

このバカ息子は仕事ばっかりして、たまの休みは山登りやツーリング。

ようやく彼女を連れてくると言ったと思ったら振られてやがる。

俺は早く孫を見せろと言ってるのに、もうすぐ30になる、いったいどうすんだ。

相手が瀬奈ちゃんでは高望みだけど、知り合いで結婚したいと言ってる友達いない?」


「オヤジ、いい加減にしろ。

よそ様で迷惑かけるな」


苦虫を噛み潰したような顔で晶馬が言う。


こちらも酔っ払った瀬奈の父が言う。


「うちの娘もいい歳なのに、一向に結婚しそうにもないんだ。

彼氏がいるとかいないとか言ってるが、家に連れても来ない。

売れ残りになる前に、晶馬くんに貰ってもらえるといいんだなあ」


瀬奈と晶馬を酒の肴に酔っ払いの話が続きそうだったが、お酒を持ってきた母が中に入った。


「まだまだオジサン二人は飲んだくれそうだから、瀬奈は晶馬くんを連れて、外でぶらぶらしてきたら。

晶馬くんも久しぶりにこちらに来て懐かしいでしょう」


その助け舟に乗っかって、二人は外に出る。

夏の日差しは暑く、二人はカフェに入った。


「晶ちゃんはどこで働いているの?」

瀬奈の質問に晶馬は名刺を渡す。


(ここ、県内で一番の優良企業じゃない。

うちよりも遥かに格上の会社よ)


それから二人は昔話から、最近の暮らしまで四方山話をする。

もう10年は会ってないのに、不思議とすぐに昔の親しかった感覚に戻った。


「それでその彼が酷いのよ」

昔にイジメを相談していたように、思わず真のことを愚痴ってしまう。


「俺の妹分をそんなに見させるとは酷い奴だな。締めてやろうか」


ガタイのいい晶馬が脅せば、荒事にはからっきしな真は平謝りするだろう。


「ただ、一度締めてもそんな奴は本性が腐っているからな。

女に手を挙げる、金を借りる、平気で浮気を繰り返すという奴にろくな奴はいない。

さっさと別れるのを勧めるぞ。

なんなら東京にいる俺の知り合いを紹介しようか」


真は暴力こそ振るわなかったが、金と女にだらしないのは確かだ。


これまで女友達におなじことを言われても反発していたが、真を知らない第三者に言われると頷いてしまう。


「晶ちゃんは彼女は?」

瀬奈の問い掛けに晶馬は顔を顰めた。


「さっきオヤジが言ってただろう。

流石にこの年だからな、付き合っていた女はいたけれど、親に紹介しようとしたら二股をかけてやがった。


誤解とか気の迷いとか抜かしたが、さっさと別れたよ」


それを聞いて、瀬奈はなんとなくホッとした。


「だけどなあ、ブロックしたのに時々待ち伏せして話をしたいとか言ってきて困ってるよ。

こっちは寄りを戻す気なんてこれっぽっちもないのに。

親もうるさいし、早く結婚相手を見つけなきゃな」


そう言うと、そろそろオヤジも出来上がってるだろう、帰ろうかと腰を上げる。


「晶ちゃん、また相談したいから連絡先を交換してよ」


そう言って瀬奈は晶馬の連絡先を手に入れた。


晶馬が高田父と帰った後、父と母はニヤニヤしながら話しかけてきた。


「晶馬くん、立派になっていたわ。

あんな義息子がいれば安心できるわね」


「彼は、あの〇〇エレクトロンで同期トップで昇進したそうだ。

話もしっかりしていて、いかにも仕事ができそうだったぞ」


(うるさい、さては私の帰省に合わせて彼を呼んだのね)


これまでなら、怒って部屋に入っていっただろうが、少し親に感謝している自分に気がつく。


確かに顔は真の方がイケメンだろうし、女の扱いも上手い。

でも、いざという時に頼りになるのか、一緒に生きていけるのか、瀬奈が真面目に考えると答えは明らかだった。


幼い時から、困りごとを相談すれば解決してくれた晶馬ならば安心だ。


大学を出て東京に行かなきゃと思ったけれど、一人娘であることを考えるといずれは実家の近くにいたい。


問題は彼が自分を妹として見ていること、彼のような優良物件が空き家となればすぐに狙う女も出るだろう。


瀬奈は早速、晶馬と連絡を取り、この帰省中に彼と何度も会った上、彼の家にもお邪魔した。


顔見知りの晶馬の両親や彼の妹からは大歓迎される。

家に呼んでもくれない真とは大違いだ。


夏休みが終わる前、晶馬に対して、付き合ってほしいと告白したが、二股をかけられた晶馬からは今の彼と別れないと付き合うことはできないと断られた。


「もちろん、東京に帰ったらすぐに別れるわ」


「女心と秋の空と言うから、瀬奈の心もわからないけどな。

でも待っているよ」


少し照れたようにそっぽを向いて言う晶馬に、瀬奈は伸び上がってキスする。


「これは手付けよ」


東京に戻った彼女は、真と連絡を取ろうとするが、彼は彼女からのメールも電話もシカトする。


どうやら自分がいない間の女遊びに怒っていると思われているらしい。


(そんなことはどうでもいいから、早く別れ話をさせてよ)


何度も連絡をしようとしているうちに、しつこいと思われたのかブロックされ、社内には、瀬奈に付き纏われて困っているなどと言いふらされる。


(これは自然消滅でいいのかしら)

そう思いながら、晶馬に毎日メールや電話をするが、彼はこういうことはちゃんとすべきだと言う。


毎月のように帰省して、晶馬とデートするが、ある時、帰り道で待ち伏せている女がいた。


「晶馬、誰その女は!」 


叫ぶ女を見て、晶馬は嫌そうな顔をして吐き捨てるように言う。


「仲野、いつまで付きまとう。

もう俺たちは終わったと何度も言っているだろう。

お前の恋人だと言い張っていた男のところに行けよ」


「いや、あなたしかいないことがわかった。

もう浮気はしないから、許して。

やり直しをさせてよ」


それを聞いていた瀬奈が前に出た。


「私が彼のフィアンセなの。

悪いけれど浮気女は彼には不要よ」


「ホントなの!」

と叫ぶ女に、晶馬は頷いた。


「そうだ。

だからお前も別の相手を見つけろ。

お前の器量なら俺よりいい男がすぐに見つかるぞ」


「ウッウッ」

嗚咽を漏らし泣く女を置いて、晶馬と瀬奈は腕組みして歩み去った。


「じゃあ、婚約者ということで認めてくれるのね」


新幹線の駅まで見送りに来た晶馬に、瀬奈は念押しした。


「真という奴とちゃんと別れたらな。

揉めるようなら俺が行こうか」


「大丈夫だと思う。

何かあれば連絡するわ」


瀬奈はもう職場か真の家で待ち伏せして、どこでもいいから別れを告げようと決意する。


翌日の月曜、真を探しに行くと休んでいた。

翌日もその翌日も。


「どうしたのかしら」

社内の情報通に尋ねると、彼女は気の毒そうに瀬奈を見て小さな声で話す。


「喧嘩中だから知らなかったのね。

彼はマッチングアプリで女の子を引っ掛けていたのだけど、悪質な客引きに引っかかって歌舞伎町のバーで50万円を請求されたらしいの。

それを払えなくて抵抗したらボコボコにされて入院。

警察沙汰にもなって大騒ぎよ。

彼氏のことだから心配よね」  


人の不幸は蜜の味、その顔は面白がっているようだ。


もう彼氏じゃないと反論することも忘れて、これはしばらく連絡を取れないわと瀬奈は呆れて物も言えなかった。


もう年末になる。

瀬奈は年末に退社して実家に帰ることを決め、忙しく働いていた時、真からメールが入る。


その内容は、今度のことで反省した、やはり瀬奈しかいない、退院したら謝ってやり直したいとある。

更に図々しくも見舞いに来て欲しいとも書いている。


(今更何?

おまけにこの期に及んでも親に挨拶に行くとも結婚も言ってない。

この場だけ誤魔化せばいいと思っているのがみえみえよ) 


といっても、病人にメールで別れを告げるのも酷いかもと、退院すれば会いましょうとだけ返事をする。


結局、真が退院して警察の聴取なども終わり時間ができたのは12月下旬、真からはプレゼントがあるので24日に部屋に来て欲しいと言ってきた。


(どうせ部屋の掃除をさせて、ご飯を作らせ、その後セックスするのでしょう。

本当に私にはお金を使いたくないのね)


瀬奈はカフェを指定した。


待ち合わせの時間、真はまだ傷が残る顔で現れた。


「何で見舞いに来てくれなかったんだ?

寂しかったよ。

あいつら、本当に酷いんだよ。

殴る蹴ると散々な目にあった。

やっぱり瀬奈が一番だ」


横に座って肩に手を回そうとする真だったが、そこには大きな紙袋が置いてあって座れない。


諦めて向かいに座った真は、まだ瀬奈が怒っていると思ったのだろう。

切り札のようにポケットから何枚かの紙を出した。


「瀬奈、まだ怒っているのか?

これを見ろ。

欲しがっていたものだぞ」


手に押し付けてくる紙を見てみる。

一枚は婚姻届、あと二枚は瀬奈の実家までの切符だった。


「年末に瀬奈の実家に結婚の挨拶に行ってやる。

嬉しいだろう」


ドヤ顔で偉そうにそう言ってくる真を冷たい目で見た瀬奈はその紙をハンドバックに入れる。


「いいクリスマスプレゼントをありがとう。

初めて役に立つものをくれたわね。

私もプレゼントがあるの。

真が欲しがっていたものよ」


瀬奈がテーブルに置いたのは真の家の合鍵と大きな紙袋。


「何だ、これは?」


「あなたの家の合鍵と、これまでに貰ったプレゼント。

何度も今まで言っていたけど、アタシと別れたいのでしょう。

望み通りにしてあげるわ。


袋の中はあなたがくれた安いアクセサリーがいっぱいある。

全部返す。

ああ、私のあげたものは捨てておいてくれればいいから」


「どういうことだ!」


「もうお別れということ。

アンタには愛想が尽きたわ。

付き合っていた4年間も返して欲しいけれど、アタシもバカだったから仕方ないわね」


「ちょっと待てよ」


話は終わったと立ち上がった瀬奈を引き止めようと真はその肩に手を掛ける。


「おい、人の婚約者に触るな」

ゴツイ男がその手を払い除けた。


「よく言ったな、瀬奈。

その男の泣き落としに負けるかと思ったぞ」


「そんな事あるわけないでしょう。

ああ、井藤真さん、紹介するわ。

私の婚約者、高田晶馬さん。

あなたのくれた切符と婚姻届は彼と使わせてもらうわね」


じゃあねと腕を組んで彼らは去っていく。


真は自分の女と信じていた瀬奈が去っていくのを信じられない思いで見つめるしかなかった。


********************

連載物はさておいて、クリスマスが近づいてきたので、季節物を。

元ネタは恐れ多いですが、Oヘンリーの有名な短編です。


















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