寺育ちのDさんは異世界で変身する

何屋間屋

第1話 寺育ちのD

 男は寺育ちであった。

 幼少期よりバカ強い腕力をしていた男は、岩を投げたり、鬼を退治したり、また岩をぶん投げたりして歴史に名を残す法師となった。

 男は人生に一点の汚点も残すことなく、英雄ヒーローとして生涯を終えた。


 そうして現在。


「破ァ!」


 うっそうとした森の中で、男の拳から放たれた真空波により鎧を着た兵士達は山の彼方に吹っ飛んでいく。

 これには兵士に追われていた少女も驚愕きょうがくの表情を隠せない。


「君、怪我はないかな?先程の者たちは皆あやかしに取りかれた顔をしていた。拙僧がはらったからにはもう一安心だ」


 座り込む長い黒髪の少女に男は手を差し伸べる。


「拙僧の名は、ど──」


 途端、立ち上がった少女が慌てて男の口をふさいだ。


「名前を言ってはダメ!奴らの使う魔法の中に、本名を使って人を殺してしまうものがあるの!近くに奴らがいるかもしれないのに、口にしてはダメよ!」


 男は驚いた。魔法なる言葉は聞き慣れないはずなのに、するすると意味が頭の中に入ってくるのである。


「そ、そうなのか。知らなかった、ありがとう。いやしかし、魔法という言葉。拙僧は聞いたこともないはずなのだが摩訶不思議なことに──」

「それはね──ここではいけないわ。追手が来ているかもしれない。そうね……」


 少女はうつむき、しばし考え込み。


「見えたわ。あっちに村がある。あそこなら奴らはしばらく来ないみたい。行きましょう」


 男は駆け出す少女の後を追う。


「名前を言ってはいけないのはわかったが……拙僧は君をなんて呼べばよいだろうか?」

「……S子、S子と呼んで。貴方のことは……Dと呼んでも?」


 男は頷く。


「D、一つ重要なことを教えるわ。この世界は貴方や私が元々いた世界ではないの。ここは異世界。私達は──異世界人に呼び寄せられたのよ」


 こうして寺育ちのDは、異世界に召喚されたのだった。

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