2-6
「シナガワ……」
『はいはい、落ちた人のことを考えるのはあと! 次のお題、行ってみよ~!』
ミスターEPICは軽い調子だが、CLUB777にいた俺たちには重苦しい空気が乗っていた。
「正気じゃねえだろ……人がひとり死んでるんだぞ!?」
川勢田さんは怒りに震え、りえかさんは恐怖でガタガタ震えている。
『そんなことより、次のテーマ発表! ズバリ、弊社でどんな仕事をしたいですか?
誰から行っちゃう~!?』
「くそっ……どこまでふざける気なんだよっ!」
俺もシナガワの死を知り、ショックを受けていたが、川勢田さんはそれを通り越して怒りに満ちていた。
「人が死んでるのに、まだ悪ふざけを続ける気なのか!?」
「か、川勢田さん……怒るのはわかるけど、あたしたちも落とされないように頑張らないと……って、あんたに言っても敵になるかもしれないけど」
そういうミホさんも焦っているのが俺にもわかる。
「そ、そうですよ! もし自分が不採用になったら、シナガワくんみたいに死……」
りえかさんが震えながら小さい声で話す。
そうだ。彼女の言う通り、不採用が決まったら、俺たちを待っているのは死。
ともかく、みんなの敵にならないことも重要だが、ミスターEPICの機嫌を損ねてもダメだ。
『ほ~らぁ~、誰から話す? オレの会社でしたいこと!』
「っ……」
あの冷静沈着だった御堂も、爪を噛んでいる。
みんな同じなんだ。
まだ死にたくないっていう気持ちは……。
「……私から行きます」
意外なことに、最初に手を挙げたのは瑞希さんだった。
「御社に入社することができましたら、『グローバルワンダーランド』の名前の通り、グローバルな仕事をしたいと思っています。具体的に言いますと、他国の要人とのパイプ作りや……」
『ああ、はいはい。伊藤さんだっけか? 秘書なんだよね。キミはそれだけでかなりいい線行ってるよ。オレの会社でやりたいことも明確だし……まぁ、文句のつけようがないってところが、唯一の弱点なのかもね』
「ありがとうございます」
「ちっ! あの女、EPICの会長の機嫌を取りやがって!」
川勢田さんは露骨に嫌な顔をするが、生き残るため瑞希さんが取った行動に間違いはなかったようだ。
『じゃ、伊藤さんが一番手だったから、今度は女性陣から行こうか? 次は……奉りえかさん! やりたいこと、どーんと言っちゃって~』
「あ……あ……」
真っ青な顔で、ガクガクと震え続けるりえかさん。
「あ~あ、こりゃダメだね。声が出ないみたい」
キャットはまるで他人事のように笑う。
このクソガキも異常だな……。
しかし、異常なのはキャットだけじゃなかった。
「くだらん。これだから女は……。物事は切り替えが大事だというのに」
御堂がメガネに触れながら呆れた口調で言い放つ。
『なになに、話せないの? 困っちゃうなぁ~。今からまたみんなに採用か不採用か判断してもらうつもりだったんだけど、どうジャッジすればいいかわかんないよねぇ?』
「そんなことないわよ」
みんなの視線がミホさんに注がれる。
「あたしはりえかさんに投票する。だってそうでしょ? 質問に答えることができなかったのよ!? 不採用でいいじゃない!」
「ちょっと待てよ! 人が目の前で殺されてるんだ! 声が出なくなって当然じゃないか!?」
俺がりえかさんをかばうと、川勢田さんも前に出た。
「俺もそう思うぞ。俺たちは殺人現場に居合わせている。こんな異常な事態の中で、更に殺人を続けさせる気か!?」
「みんな理解しなさいよ! あたしたちはここに閉じ込められてるのよ! ミスターEPICに逆らったら、全員殺されることも考えられる! それだったら、この面接に受かるしかない。誰かを蹴落とさないと、生きて帰れない!」
ミホさんはテーブルをバン! と叩く。
確かにミホさんの意見も一理ある。
ここで誰かを不採用にしないと、俺たち全員が殺されるかも……。
「あ……あ……」
りえかさんは頭をかきむしっている。
この状態じゃ、やりたいことなんて考えられないだろう。
それなら何も言えない彼女に投票して……。
まずいな、ヤバい発想が頭をよぎる。
くそっ! どうすりゃいいんだ!!
「わ、わからないぞ? このあと、全員が殺されず、生きて出られることもあり得る。可能性は0じゃないだろ?」
苦し紛れに言った言葉を、否定する人物がいた。
「俺にはそう思えねぇけどなぁ」
「……東さん?」
「あなたは何を知っているんだ」
御堂がたずねても、東さんはそれ以上のことを話そうとはしなかった。
それが余計に恐怖だった。
「いいか! 俺は誰も不採用なんかにしない! 誰かを落とせと言われても、俺はやらねぇからな!!」
川勢田さんが宣言すると、ミホさんも負けじと訴える。
「あたしは逆。絶対に誰かを落として自分が生き残るわ! まだ死にたくなんてない! それにあたしには……」
「各自、言いたいことは理解できます。しかし、どんな理由があってもそれは選考と同じように考えてはいけません。奉さんはミスターEPICの質問に答えられなかった。これは選考に必要な情報です。ですが、どうして生き残りたいかとか、この面接の善悪については関係ありません。ともかく、選考は続けるべきです」
「そうだな。伊藤さんの言う通りだ」
「まずは全員質問に答えないとねっ!」
あくまでも冷徹な判断を下す瑞希さん。それに同意する御堂とキャット。
このふたり、そんなにこの『EPIC社』に入りたいっつーのか?
「俺は自分の目的を果たすためなら、なんでもするわ」
東さんも堂々と言ってのける。
そんな他のメンバーを見た川勢田さんは、怒りで血管が浮き出ている。
「……くそっ!」
近くにあったテーブルを蹴飛ばすと、イスにどかっと座った。
『話はまとまった? 伊藤瑞希さん、奉りえかさんのターンは終わった。残りのみんな、質問に答えてくれるかな? 順番はこの際誰からでもいいよ~』
しかし、川勢田さんは、ミスターEPICに反論した。
「俺はともかく生きてここを出て、EPIC社の犯罪について警察にタレこむからな!」
『ふうん。それは困ったなぁ~。だってそうでしょ? EPIC社の闇は確かに深い。でも、ここで訴えられちゃったら、みんなの就職先がなくなっちゃうよ~!』
「!!」
ミスターEPICの言葉に、瑞希さんと御堂、キャットが反応する。
『それだけじゃないよ? 今オレの会社には何千人もの社員がいる。グローバルワンダーランドのバイトまで含めたら、とんでもない人数だ。そのみんなが職を失うことになるかもね。そしたら川勢田クン、キミ、みんなから恨まれちゃうよ~?』
「なんだと……!」
大勢の人間が路頭に迷うことになったら……。確かに川勢田さんを憎む人間が出るかもしれない。
だけど、俺も川勢田さんの意見と同じだ。
こんな面接、おかしい。
そもそも面接なんてたいそうなものじゃない。
目の前で殺人が行われて、また犠牲者が出るかもしれないんだ。
今の時点だと、りえかさんが危ない。
ミホさんはりえかさんを落とすつもりだ。ひとりがそう声を上げると、他のメンバーもそれに同意して票は簡単に集まるだろう。
もう誰も死なせてはいけない。
ここで行われているのはれっきとした犯罪だ。
だけど、生きて出ることが本当にできるのか?
確証もないのに、簡単に同意なんてできない。
川勢田さんの意見は、本当の正義かもしれない。
でも、今はそんな正義を振りかざすよりも、自分の命の方が俺は大事なんだ……。
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