1-6
「……で、どうするよ、俺」
開園して、ゲートから入場したのはいい。朝イチで来たおかげで、入場制限にも引っかからなかった。
だけど、この先はノープラン。
EPIC社についても色々調べてみたが、やっぱり住所はどんな裏サイトを調べても『ここ』としか出ていなかった。
「救急車の裏搬送ルートとか、人身売買の噂とか、どうでもいい都市伝説しか集まらなかったんだよな」
俺はきっちり結んでいたネクタイを緩める。
さすがにこの気温35℃のクソ暑い中、真っ黒いスーツは蒸す。
シャツはすでにびしょ濡れだ。
「あの着ぐるみたちはいいよな。汗臭くても『着ぐるみ』ってだけで許される」
今日の俺はリクルーターだ。汗だくで面接会場に行ったら、臭くてどうしようもないんじゃないかって気すらしてくる。
いくら制汗剤やウェットシートを持ってきていても、この滝のような汗をどうにかすることは不可能だ。
「ちくしょう……とりあえず、時計回りに園内を歩いてみるしかないのか? それかいっそのこと裏道を探し出して……」
タオルハンカチで噴き出す汗を拭いながら、俺はぶつぶつと独り言をつぶやく。
そのとき――。
「うわっ!?」
スマホが震えた。着信だ。おかんからしかかかってこない、『おかん専用スマホ』になってるはずなのに!
熱中症にかかりかけて感覚がマヒしてくる中、画面を見る。
「……非通知?」
俺は少し躊躇して、スマホの画面を見つめる。
まだスマホは震えている。
このタイミングで非通知着信。
もしかすると……。
「……はい」
『松山ヒロアキ様の携帯でしょうか?』
「恐れ入りますが、どちら様でしょうか?」
『……失礼いたしました。私、EPIC社の人事担当の者です』
ビンゴ。
あの懸賞にハガキを送る際、本名はもちろん年齢、連絡先として自分の携帯番号も書いた。
だから、EPIC社が俺のスマホの番号を知らないわけがない。
『本日は弊社の面接試験においでいただきまして、誠にありがとうございます』
やっぱりEPIC社の住所は、グローバルワンダーランドの中で合ってたってことか。どうして俺が来園したことに気づいたかというところが引っかかるが、チケットブースに設置されている防犯カメラを見たのかもしれない。胡散臭いことこの上ないな……。
しかし問題はまだある。
「実は、まだ御社の場所を把握しておりません。できればどこが入口か、お教えいただけますか?」
できるだけ丁寧な口調でたずねる。でも、相手は都市伝説にもなっている大手不審企業。そう簡単に物事は運ばない。
『その前に、松山様にひとつ課題を解いていただきたいのです』
「課題?」
『弊社へ本日面接に来ているのは、あなたを含め計9名。その全員と合流してください。他のゲストの迷惑にならなければ、どんな方法を取っても構いません。他の8名にも同じ課題を出しています。今日中に全員と合流できなければ、今回面接試験を予定している全員のお話はなかったこととなります』
「話がなかったことにって……不採用ってことになるんですか!? 足代の10万は!?」
『全員が集まったことが確認できれば、再度ご連絡します。それでは』
ガチャリ。ツーツー……。
マジかよ。このクソ暑い中、クソ混雑している園内で、顔も性別も素性も知らない8人と合流しろ!?
どうすればいいんだよ!
スマホはすでに切れている。問い詰めたくてもどうしようもない。
「ありえねぇ……」
だからって、足代10万をもらわずに帰るのは悔しすぎる。
すでに交通費とパスポート代で10000円は支出してるんだ! せめてその代金だけでも返せよ!! そうじゃないと、朝イチでこんな死んでも来たくないような混雑の中、リア充たちに笑われた俺がかわいそうだろ!!
「とりあえずのど乾いた……何か飲み物……」
持参してきたペットボトルはすでに空。
俺は仕方なく、行列のできている近くの飲食店らしき場所に立ちよる。
「飲み物ひとつ買うだけで、この列……。俺、レジに着く前に死んでるかも」
そう思ったが、なんとか意識があるときに俺の番が来た。
「う、ウーロン茶……いや、何かスポーツドリンク的なもの……なんでもいいんで」
「S・M・Lがございますが~?」
「Lで……」
「800円になりま~す!」
「はぁっ!?」
俺がでかい声を出すと、近くの小さい子どもが泣き出した。その親が俺に鋭い視線を突き刺す。ったく、泣きたいのはこっちだ! なんで飲み物たったひとつ800円!? この暑い中、死にかけながら行列に並んで、800円出せと不条理なことを言ってるんだぞ!? テーマパーク価格も大概にしろ!!
「……1000円で」
「ありがとうございます! Have a nice day!」
ナイスな一日どころじゃねーよ! こっちは死にそうなんだぞ、アホが!
……いやいや、スタッフに当たってもしょうがないか。この人たちはただ、仕事に忠実に生きている。それだけだ。
とりあえず俺は一気に飲み物を補給すると、ゴミ箱へ空いたカップを乱暴に投げ捨てた。
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