1-5

――7月31日。


ジリリリリリ……

目覚まし時計が朝4時を知らせる。


「うるせぇ……くそ……起きればいいんだろ、起きれば」


重たい身体をなんとか起こし、目覚ましを止める。


「はぁ、いよいよ面接か。しかし我ながら朝4時起きとか……ウケるわ」


なんでこんなに早く起きたかというと、一言で済ますとするなら……。

『夏のテーマパークはクソだから』だ。


説明するのも面倒くせぇが、なんでクソかというと、前にもグチった通り混雑が予想される。

郊外の遊園地なら多少の混雑は問題ない。むしろ好都合だろう。


しかし、俺の行く場所はグローバルワンダーランド。

日本で一番収益を上げているテーマパークで、全国……いや、世界各国から観光客が訪れる。

そのせいで、時たま入場制限を設けるのだ。

テーマパーク内に人が収容できないのか、それとも最寄りの駅が人でパンクするからか。様々な説はあるが、細かいことは知らない。


ともかく俺はそんな地獄のような場所へ、遊びではなく『面接』で行かないといけないのだ。

この入場制限に引っかかって、テーマパーク内にすら入れなかったら、その時点でTHE END。

そうなってしまったら元も子もない。


「冗談じゃねえよ! せっかく筆記に受かったんだ。社員のひとりくらい、顔を拝ませてもらわないと気が済まん! ついでに10万ももらわねーとな!」


気合いを入れるためにわざと冷水のシャワーを浴び、「っしゃああ!!」と自分に喝。

事前に用意しておいた真っ白いワイシャツとブラックのスーツを着込むと、俺はカバンを持つ。


「行くぞ!!」


と、意気揚々と部屋の扉を開けた。

――が。


「すでに暑いじゃねーかよ……」


俺の心は、グローバルワンダーランドに着く前から折れそうだった。



電車の中で、携帯にアラームを設定すると、そのまま爆睡。さすがに朝4時起きは眠い。

車内はクーラーが程よく聴いているから、眠るのには最高だ。

しかし、そんな俺を起こす甲高い声が響く。


「うっわ~! 久しぶりのグローバルワンダーランド! 楽しみだなぁ」

「私も! ネズミーのサインもらおうっ!」


目の前に座った女の子ふたりは、すでにキャラクターのフード付きタオルをかぶっている。

見るからに浮かれやがって。

これだからあそこの遊園地は嫌いなんだ。

携帯のバイブが震えるまで、俺はイヤホンをすると音楽を聴きながら目を閉じた。


「開園前からこの長蛇の列……こいつら、正気なのか?」


グローバルワンダーランドの発券所の前につくと、俺はこれから一日をエンジョイしようと浮かれているヤツらを目のあたりにし、げんなりする。


まだ開園まで1時間あるが、仕方ない。体育座り待機だ。

大変不本意なことだが、パスポートがなければ園内に入ることができない。

だから仕方なく、この夏休みで浮き足立っている野郎どもに混じってチケット発券ブースが開くのを待っていた。


「何あの人~! 遊園地にスーツとか……ウケるんですけど」

「ぷっ……マジかよ。ここでどんな取引するんだよ。怪しい組織の人間とか?」


ちくしょう! リア充め!!


もしも……。

もしも俺がEPIC社に入社できたらなら、絶対お前らを不幸のどん底に陥れるアトラクションを作って、泣かせてやる!!

男はビビりすぎて、女の前でチビるほど怖いやつだ!!

笑ってられるのも今のうちだからな!! ってか、そもそも俺だって好きでこんな格好でこんな場所にいるんじゃないんだからな!!


……と、いくら心の中で叫んでも聞こえないんだろうなぁ……。


俺は暑さですでに朦朧としていた。


そのとき――。


「開演30分前になりました。パスポートをお求めの方は、チケットブースへ……」


ようやく列が動き始める。


調子づいているリア充たちも、今は俺よりもその先にある『夢と希望と幻の世界』へ飛び込むのを待ちわびている。


ふん、ちくしょう……ちくしょう!! 


う ら や ま し く な ん て な い か ら なっ !!


「お待たせいたしました~! お客様、何名様ですか?」

「……大人1枚」

「はいっ! どうぞ~、よい1日を!」


くそ、屈辱だ……。

何が楽しくて、この夏休みで混雑するテーマパークに、男ひとりで入園しないといけないんだ。

開園10分前、エントランスに着ぐるみたちが集まる。

それを楽しそうにスマホに収めるスイーツ女子たち。……いや、今のは語弊だな。申し訳ない。

脳みそお花畑の女性陣と、一眼レフを構えるガチオタの皆様方と敬意を表して言いなおそう。


「あいつら、中身は汗臭いただの人間なんですよ……?」


小さくつぶやいても、その声は届かない。

俺はヤツらのスマホや一眼レフを、近くの噴水にぶっこみたい気持ちでいっぱいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る