1-3

――そして数日後。


「ただいま~」

とドアを開けても、当然返事は返ってこない。


コンビニで買ってきたカップ麺の袋を持ったまま、アパートのドアについている郵便受けを開ける。

公共料金の納付書だのなんだのの中に、それは混じっていた。

白い封筒に見たことのある有名なロゴ。


「【EPIC】って……あのグローバルワンダーランドの運営会社か!? もしかして、この間のクロスワードの懸賞ってこれ?」


あのときの問題の答えは『EPIC』。この会社のことだったのか?

グローバルワンダーランドとは、アメリカにある世界最大のテーマパークだ。日本にもあり、EPIC社が経営をしている。

もしかして『グローバルワンダーランドのペアチケット』が景品だったりするのか?


確かにここの遊園地のキャッチコピーは、『夢のような時間と素晴らしい体験をあなたに』というものだ。

だとしたら、あの難題を解いた時間を返せと言いたい。

何が夢のような時間だ。彼女もいない、友達もいない。ぼっち上等の俺にペアチケットなんて、皮肉もほどほどにしてくれ。


俺は苛立ちながらEPIC社から送られてきた封筒を開封する。

手でボロボロに破って中の紙を取り出す。

しかし、そこには意外なことが書かれていた。


「『EPIC社面接のお知らせ』……?」


どういうことだ?

そのまま文字を追っていく。


『松山ヒロアキ 様

貴殿は当社が行ったクロスワード式筆記試験に見事合格されました。

もし、入社の意思があるようでしたら、面接会場へぜひともお越しください。

弊社は能力のある社員を求めています。

面接においでくださいましたら、お礼といたしまして10万円をお渡しします』


……聞いたことがあるぞ。

アメリカの大手検索サイトの入社試験。

会社の近くに大きな看板を置く。

そこには数式が書いてあって、よほどの能力者じゃなくては解けない問題らしい。

それに解答した人間を新入社員として雇うようだと、テレビか何かでやっていた。


EPIC社もそれと同じだったということか。

クロスワードという仮面をかぶせた筆記試験。

俺はそれにクリアしてしまったということなのか。

しかも、足代で10万。

ただの面接じゃない。


「……マジでか」


このラッキーなようで面倒くさい権利、どうする?

正直怪しいし、胡散臭い。

こんな筆記試験があるわけない、都市伝説の一種だと思っていた。

だけど……。


スマホの履歴を見ると、ずらっと『実家』、もしくは『母』の文字が並ぶ。たまに『妹』からも。


話を聞いてなくても内容は安易に想像できる。

要するに、実家やおかんからは『就職先は決まったのか?』というお小言だろう。

妹からの電話も、きっと親から。実家や親の電話はこちらが無視しているから、妹の携帯を使っているのだろう。


あー、面倒くせぇ。


就職なんて、できることなら一生したくない。

ともかく働きたくない。

黄ばんだえりのワイシャツを着て、汗臭いスーツを羽織り、満員電車に乗り込む。

想像するだけで吐き気がする。


せめて俺が人並み以上にイケメンだったらなぁ……。

ヒモにでもなれたかもしれないってのに。

しかし、そう簡単にできてないのが社会の構造だ。ちくしょう!


「ま、面接を受けに行くだけでもいいかもしれないな。EPIC社の筆記に受かったってだけでも、ある程度の実績になるかもわからない……何事も経験っつーしな。それになんといっても足代10万だ。1か月これで生活できる」


俺は頭をがしがしかきながら、面接の日にちを確認する。


――7月31日か。


夏休み真っただ中だが、俺に予定なんぞない。

バイトはしてないし、友達皆無、彼女なしのぼっちだ。


「行くしかねーだろ……これは」


チャンスボールは思わぬところからやってくる。

そのときが来たら、絶対打ち取れ。

……なんかそんな言葉があったような。


これがそのチャンスかどうかは知らないが、とりあえず俺の真っ白なスケジュール帳に、黒い文字が書きこまれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る